第8話 元勇者、山に潜伏する

「おい、そっちはどうだ? 例の連中は見つかったか?」

「そんなもん見つかるわけないだろ。ここらの森は木が茂ってるせいで馬が入れないし、起伏もあるんだ。しかも今は夜だぞ。ジジババだって逃げ切れるさ」

「ちょっとはやる気を出せよ! 見ただろ、あの隊長達の剣幕。あいつらを逃したら本当に俺達を殺しかねないぞ!」

「その前にこっちも逃げ出してやるよ。ったく、何が市民の安心と安全のため、だ! ムーア商会が取引をやめたら市長から大目玉喰らうってだけだろ」

「そりゃお前、自由都市ってのはそういう街なんだから――」


 どうにも緊張感に欠けたやりとりをしながら、松明を掲げた衛兵達が通り過ぎていく。


 そのすぐ近く、茂みと木立の合間に僕達は潜んでいた。


「……なんか~真面目に隠れてるの~、ちょっと馬鹿らしくなってきた~。あいつら、ゆるゆるじゃん~」


 頭を下げて屈んだままの姿勢で、ララ・シェがぼやく。

 僕も全面的に同意したいところだったが。


「正直、助かるよ。本格的に山狩りをされたら、うまく逃げ切れるか分からない」


 ゴードンを倒し守備隊の基地を抜け出したあと、僕達は外壁の門を突破した。

 そこまでは僕の脅しが効いていたのか、追手も少なかった。


 しかし、その後は遅れてやってきた騎馬隊に追い立てられ、何とか自由都市の近くにある森へ――つまり皮肉なことに、もともとやってきた山中へと逃げ込むしかなかった。


(流石に……疲れたな)


 ロザリンドとララ・シェの二人を抱えていた、というのもあるが。


「一応聞いとくけど~うまく・・・って~どういう意味~?」

「衛兵達を殺さずに、って意味」


 正直、殺さないよう加減しながら戦ったり逃げたりするのは骨が折れる。


 魔物相手の戦いなら躊躇う必要はなかった。

 だが衛兵を一人でも殺せば、それこそ死にものぐるいで追ってくるだろう。

 もっと言えば、既に賞金が懸けられているのに、殺しの罪まで上乗せしたくない。


「なんか、アシェルくんって~冷酷なのか甘いのか~よく分かんないとこあるよね~」

「昔は、いつも考えが甘いって言われてたけど」


 特に、影の一党のメンバーであり、裏社会で育ったシェルスカには何度も指摘されたことだ。


 生き残るための殺しを躊躇わないで。

 敵に情けをかけない。でなきゃ次に死ぬのは君。

 それが彼女の口癖だった。


 天才魔法使いにして研究者でもあったメイゼルには、こう言われた。


 目的を果たすことを第一に考えるの。

 そのためなら手段を選ばないで、と。


「へ~。そう、なんだ~」


 ふと。

 ララ・シェと目があった。


あの子・・・、そんなこと言ってたんだね~」


 まるで。

 初めてララ・シェと向き合ったかのような感覚。

 あるいは、これまで隠されていた何かが、その青く美しい瞳をよぎったかのような。


 ……僕は訊ねる。


「……ララ・シェ。君、もしかして」

「ねえアシェルくん。訊いてもいい~?」


 だが遮られた。


ローザちゃん、どうする~?・・・・・・・・・・・・・

「何が言いたい?」

「え~。普通に~この子を置き去りにして~あたしとキミだけなら逃げられそうだな~って」


 ここまでの逃亡劇で、全員が疲れ果てていた。


 特に、ロザリンドだ。

 彼女は傭兵でも冒険者でもない。ただ街で暮らしていた普通の女性なのだ。

 こんな緊張の連続を強いられた経験など無いだろう。


 僕の腕の中で、彼女は億劫そうに首を巡らせると、


「……そうしなさい。ボウヤ」

「冗談はよしてくれ」

「言ったでしょう……お人好しも、程々にしなさい、って……」


 違う。

 ただの善意なんかじゃない。


(今、ここに。まだぬくもりを感じるのに)


 みすみす手放すことなどできない。


 大切な仲間達を失ったあの日から――僕はもう、誰かを死なせることに耐えられないのだ。


「自信があるなら一人で行ってくれ、ララ・シェ。別に責めたりしない」

「へ~。や~さし~。それは~魔王と戦った時~キミもそうしたから~?」


 まるで挑むかのように。

 ララ・シェが言う。


(……そうかもしれない)


 僕は、あのときの自分を肯定したいのか。


 仲間を見捨てて、勝利を選んだ自分を?

 一人だけ生き残ってしまった自分を?


 ――目眩がする。動悸がする。吐き気がする。

 

 抱き抱えたロザリンドの顔に、あの日、すべての魔力を使い果たしたメイゼルの死に顔が重なる。


 彼女は本当に、僕を先に進ませたかったのか。

 そばにいてほしかったんじゃないのか。

 一緒に死んであげるべきじゃなかったのか―― 


「違う」


 僕は唇を噛んだ。

 血が出るほど、強く。


「僕は、もう二度と誰かを置き去りにしない。後悔したくない。だから、だ」

「……そっか~」


 するとララ・シェはおどけたように肩をすくめて、


「ごめん~意地悪言ったね~。三人で逃げ切ろ~」

「……ああ」


 何故か不思議と、怒る気にはなれず。

 僕は打開策を探した。


「ララ・シェ。人間相手の索敵に使える魔法はない?」


 魔法には、敵意を持つものの位置や数を知る技があったはずだ。

 時々メイゼルが使っていた。


「う~ん、精霊魔法は~そういうジャンル苦手なんだよね~。精霊って~あんまり定命者モータルに興味がないから~。生き物は全部一緒くたなんだよ~」


 枝を鳴らさないようにしながら、ララ・シェが慎重に首を伸ばす。


「でもね~。役に立つ情報かわかんないけど~」


 森の向こう、更に鬱蒼とした木々が作り出す影の中へ。


「あっちの奥の方。普通の森にしては妙に精霊が集まってるの~。魔力溜まりか~魔力泉レイ・ポイントがあるのかも~」


 魔法使いの――特に、エルフの感覚は特別だ。

 大気に満ちる魔力を確実に感じ取ることができる。


 気になるのは、魔力の源が何か、ということだ。


「……濃い魔力を求めて魔物が集まっているか……もしかしたら巣があるかも」

「可能性はあるよね~。魔王がいなくなって~魔力の供給が止まって~魔物はみんな~お腹空かせてるからね~」


 だとしたら、それを利用できるかもしれない。

 例えば魔物を刺激して山中に解き放ち、守備隊とぶつければ警戒網に綻びを作れる。


「いいアイデアだと思うけど~それ~やっちゃっていいの~? 勇者的に~」

「目的のためなら手段を選ぶな。昔、仲間――メイゼルも言ってた」


 まずはロザリンドをゆっくり休ませてから、先に逃げたミーリアとブエナを探す。

 そのためなら、荒っぽい手も使うしかない。


 どうせ僕はもう勇者じゃないんだ。

 清廉潔白でいる必要もない。


「ふふっ。いいね~賛成~」

「魔力の源を辿ろう。ララ・シェ、先導してくれ」

「りょ~か~い。野郎ども~あたしに続け~い」


 ララ・シェの呑気な号令とともに、僕達は深い藪を分け入っていく――


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……これは――砦……?」


 ララ・シェの言う“魔力の濃い方向”に進んでいった結果。

 程なく辿り着いたのは、かなり古い砦――というか、


「どっちかっていうと、砦だったもの、って感じだね~」


 かろうじて壁らしき石造りは残っている。

 だが底部から伸びてきた木々によって、内部の空間や基礎、屋根が侵食されてしまっていた。

 結果として、石の鎧をまとった森のような、奇妙な構造物が出来上がっている。


「なかなか年季が入った魔物の巣だね~。百年ぐらいじゃ~こんな風にはならないんじゃない~?」

「確かに。こういうのは大体、トレントか固着した精霊が棲み着いてたな」


 昔、子供をさらわれたという村からの依頼で魔物の討伐に出かけたっけ。

 近くで火を起こして魔物を巣から誘い出したのを憶えてる。


「……いや」


 ふと覚える違和感。


「待ってくれ。何か……違う」

「え~、そうかな~?」


 魔物が長年棲み着いているにしては、要所に手入れがされている。

 構造物の風化は補いようもないが、出入り口らしき部分の土は踏み固められ、石塊が取り除かれていた。

 それに、木々の成長は今も続いているようだが、枝や幹の一部には刃物で切り取った痕がある。


 僕はロザリンドの身体を抱えなおしながら、


「……ここ、誰かが住んでる」

「こんな森の奥に~、ってことは、エルフ~……じゃ、ないか」


 自分で言いながら、ララ・シェは信じていない様子だった。

 確かにエルフは森に生まれ森に死ぬと言うが、廃墟をそのまま使ったりはしない。

 もし住むならば、魔法を駆使して建物を作り変えるか、さもなくば土に還すか。


 ……では、ここに住んでいるのがただの人間だとして。

 わざわざ人目につかない場所に居を構えた理由は?


「あ~山賊とか~逃亡犯ってこと~? めんどいね~」

「……同類ってことだ」


 ありえない話じゃない。

 ルールの少ない自由都市だろうと、所詮は人間の社会だ。

 法を守れず弾き出される人間は必ずいる。


「あ~それか~モグリの魔法使いとか~? 魔力がやたら濃いし~協会が許さないような実験してるとか~」

「……それ、逃亡犯と何が違うの?」

「もっと~危ないよ~」


 とにかく、中の様子を探ってみるしかない。

 僕はマントを脱いで、その上にロザリンドを横たえると、


「何かあったらロザリンドのことは頼む」

「そういうの~気安く言わないこと~。早く戻ってきてね~」


 たしなめられて、頷き返し。


 朽ちかけた壁に足をかけ、屋根のようになっている木の幹までよじ登る。

 何重にも絡み合った根や幹の上を這い回り、内部が覗けそうな隙間を見つけだす。


 狭い視界から確認できたのは。


(…………?)


 いかにも頑丈そうな檻。

 中には、血まみれの魔獣が一体。


「今日のノルマ分はこんなとこか。あー、クソ、袖に血がついちまった」


 傍には、血が滴る魔獣の生皮を抱えた男と、


「すまない……ジェゼン、すまない……っ」


 鎖に繋がれたまま、痛切な唸りを上げる魔族の女。


(これは……どういう状況だ?)

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