第7話 元勇者、宣戦を布告する

 足元の石畳が砕ける――どころか、地面が揺れたのではないかと思うほどの衝撃。


「アナタ――ザブロフの手下のっ!!」

「ヘヘェ、憶えててくれて嬉しいぜェ、デカパイのねーちゃんよォ。相変わらずエロいカラダしてんなァ」


 立ち塞がったのは見上げるほどの巨漢だった。

 胴回りが大きすぎて見合うプレートアーマーを作れないのか、そこらの傭兵のように、色々な防具を組み合わせた鎧姿。

 アルタンジェの紋章入りのタワーシールドが、やけに小さく見える。


「ダリィから馬車で待ってたのによォ、ラッキーだぜェ。やっぱり、このゴードン様が一番に具合を確かめねェとなァ」


 踏み潰された果実のような、欲望が滴る笑い方。

 僕は思わず吐き気を憶える。


「まずいわ、ボウヤ。あの男、サイクロプス並みのバカ馬鹿力よ」

「それは頭がバカってこと? それとも、力が強いってこと?」

「両方だよ~、バカで~馬鹿力なんだよね~」


 なるほど。

 握手したくないタイプだ。


「んだコイツゥ。オイ、ガキィ、オンナ置いてさっさと失せろよォ。でねェとこのゴードン様がグッチャグチャにしちまうぞォ」


 向こうもそのつもりはないだろうが。


 いずれにせよ、これまでの衛兵や騎士もどきの傭兵とは格が違う。

 膂力もリーチも戦意も、下品さも。


(……誰かに似てるんだよな)


 魔王軍との戦いで出会った魔族の誰か。

 あれは確か、十二魔将だったか。


 思い出しながら、


「……ララ・シェ。追ってくる奴らの足止めを頼む」

「ん~、あとちょっとだけなら~」

「ロザリンド、少し降りててくれ。すぐ済む」

「ちょっと待ちなさいボウヤ! 相手をよく見なさい、上背だけでアナタの倍はあるでしょうっ」


 首にしがみつこうとするロザリンドを、どうにか下ろし。


「……これがちょうどいい」


 足元に散らばっていた閂の破片――頑丈そうな樫材の中から、ちょうど片手で振るえそうな長さのものを拾い上げると。


 流石に倍は言いすぎだと思うが、しかし、かなりの巨躯と向かい合う。


「グハッ、ヤル気かァ、マジかァ。グハハ、テメェみたいなヤツ、オレはよぅく知ってるよォ。オンナの前だからってイキるバカなガキィ。まあどいつもこいつも、オレ様のハンマーを食らったらすぐ大人しくなるんだけどなァ。マジでケッサクなんだぜェ、生まれたての子鹿みてェンなってよォ」

「一応、頼んでおく。そのおしゃべりな口を閉じて、道を開けてくれるか?」


 グッハッハッハ、とゴードンの笑い声。


「いや、テメェみたいな痩せっぽちは何も残らねェかもしれねェなァ」


 軽々と振り上げられる巨大なハンマー。

 ゴツゴツと尖った先端は肉叩きに似ているが、大きさは、牛を丸ごと挽き肉にできそうなぐらいだ――


「――あばよォ、ガキィ」


 とんでもない重量がとんでもない勢いで、高みから振り下ろされる。


 ――本当は、かわしてもよかった。

 それどころか、この男から逃げてもよかった。


 狭い屋内ならまだしも、ここは基地の外だ。

 いくらでも逃げ場所がある。


 でも。


「こっちは頼んだ。退かなかったのはそっち・・・だ」


 額に触れる寸前のハンマーを、左掌で横に逸らす。


「――スカしやがっ――ウォォォッ!?」


 予想しない軌道の変化に、ゴードンがよろめいた。

 その腹――でっぷりと突き出た金属製の腹当てに、閂の破片を叩き込む。


「――――ッ」


 爆発にも似た轟音とともに。

 樫材の板切れと腹当てが砕け散り――巨体が宙に浮いた。


「ゴボァ――んだァ――ォ――ッ!?」


 ゴードンはよだれを撒き散らしながら、仰向けに落ちる。

 どずん、と鈍い音。


 僕はもう一つ、近くにあった手頃な板材を拾い上げた。


「あんたには少し、痛い目に遭ってもらう。あんたの様子を見たボスが、追ってくる気を無くす程度に」

「ただの、木切れでェ、こんな……? テ、テメェ、魔法使い、かァ? いや、ありえねェ、こんなスピードでェ、呪文もなくゥ、魔法を使えるわけが、ねェ」


 ハンマーを杖代わりにして、ゴードンはようやく立ち上がった。

 今度はハンマーを肩に担ぐと、

 

「ちくしょう――タネがなんだろうと、近づけなきゃ、いいんだろォ!」


 風圧を感じるほどの勢いでハンマーを振り回しながら、コマのように回転し始める。

 見る見る速度を上げたハンマーで周囲の灯籠や植樹を叩き壊しながら、じりじりとこちらに近づいてきた。


「グッハッハッハァ! 今度こそ挽き肉にしてやらァ!」


 ……なるほど、僕を間合いに入れないつもりか。


(ロザリンドが言うほどバカじゃない)


 いや、まあ、あまり優れた発想とも思わないけれど。

 馬鹿力でそれをフォローしている、といったところか。


(そうか。思い出した)


 隻眼のアイン――十二魔将が一人、巨人軍団を率いる怪力無双の魔族。

 アルタンジェ領で戦った相手。

 足りない知性を有り余る膂力で補う、ある意味で一番恐ろしい敵だった。


(奴に似てるんだ)


 微妙な機転を利かせてくるところも、その突破方法が分かりやすいところも。


 ――僕は回転するハンマーに近づき、目を細めると。


(見えた)


 今度は木材を振り下ろして。

 ハンマーの横っ腹を正確に叩き落とす。


「いぎゃァ!?」


 ねじ曲がって落ちるハンマーが、ゴードンの脛を直撃した。

 鈍い音。骨が砕ける時に特有の。


「いて、いで、いでェェェェェェ――ちくしょうちくしょう、テメ、ゴラ、アアァ、どうやって、オレ様の、ハンマーを――」

「負けを認めたら教えてやる」


 というか、教えるほどの秘密もない――見えた・・・というだけなのだが。


「ナメんじゃねェ、ナメんじゃねェ、ナメんじゃねェ――」


 ゴードンは乱杭歯を食いしばりながら、再び立ち上がった。

 重いハンマーを捨てて、


「このオレ様が、テメェみてェなチビに、負けるわけがねェんだよォォォォォォ!」


 両手を広げて、飛びかかってくる。


 結果、がら空きになったゴードンの腹に、僕は樫の木材を突き入れた。

 さっきよりも力を込めて。


「オゴ――」


 突進の勢いが、そのまま威力に加わり。

 ゴードンの巨躯は見事に宙を舞った。


「――ォォォァァァァァァァッ!?」


 閉ざされていた敷地の門をぶち破り、砂埃を上げながら石畳を転がっていく。


「……あんたはロザリンドを侮辱した。彼女達を怖がらせた。これ・・は、その報いでもある」


 倒れたゴードンは、かろうじて首だけをこちらに巡らせて、


「あ、り、え、ね、え……」


 捨て台詞を残し……そのまま、動かなくなった。


「……閂の破片で? そんな得物で、あの巨漢を……?」

「ま、魔法じゃないのか、今のは! 棍棒で殴ったぐらいであのデカブツが吹っ飛ぶわけ無いだろ!?」

「そんなこと言ったって、事実飛んでいったじゃないか! お前も見ただろ!」

「――あの少年――一体、何者なんだ……っ!?」


 衛兵達がささやきあっているのが、背中越しに聞こえる。


 僕はそちらを振り返り、


「警告だ。あのゴードンとかいう男みたいになりたくなければ、これ以上僕達を追うな。分かったか?」


 眼の前で起きたことを受け入れられないまま、ぼんやりと衛兵達が頷く。


「それと、ザブロフという男がやって来たら伝えてくれ。これ以上こちらに手を出してくるなら、次はお前の番だ・・・・・・・、って」


 今度は、壊れた玩具のような激しい首肯。


 僕は再びロザリンドを抱えてララ・シェを背負うと、守備隊の基地に背を向け、自由都市の闇へと飛び込んでいった――

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