第4話 元勇者、ご令嬢を強奪する

 自由都市ブラーデンスは支配されない。

 いかなる王侯貴族であろうと、この街を従えることはできない。


 街が住民に課したルールは一つだけ。

 富め。

 それだけが正しく、それ以外にこの街で生きる方法はない。


(……昔、シェルスカが教えてくれたことだ)


 シェルスカ。

 諜報や斥候、探索を得意とする傭兵で、裏社会を牛耳る“影の一党”のメンバーでもあった。

 僕やヴァネッサが得意とする正攻法・・・では解決できない問題に対応するのが、彼女の役割だった。


(彼女が言っていた通りなら――この街は、ミーリアではなくザブロフの味方についたんだ)


 ザブロフは金を出した。

 逃げたミーリアを捕らえるために、多額の資金を自由都市に提供したのだ。

 それはこの街が何よりも好むもの。


 そしてすべての資産をザブロフに押さえられ、身一つで邸宅から逃げ出したミーリアに金は無い。

 この街にとって無価値な存在。


 自由都市ブラーデンスがどちらの味方をするかは明らかだ。


(クソ。考えが甘かった)


 僕はこれまで、眼の前の敵ばかり相手にしていた。

 殴れば倒せる敵ばかり。


 もし僕がシェルスカのような用心深さを少しでも身につけていたら、ミーリア達をむざむざ罠に飛び込ませたりしなかったのに。


「――アシェ。あそこが守備隊の巣みたいダゾ」


 ブエナの声に、ふと我に返る。


「ロザとララは誘拐犯だから、地下牢だろうナ。ミーリは被害者ってハナシだし、牢屋にはいないカモ」

「……もし地上階にいるなら、君の耳や鼻で居場所が分からないか、ブエナ?」

「やってミル」


 僕達は、自由都市に侵入を果たしていた。

 今は、守備隊が詰める基地を近くの建物の屋根から監視している。


 今夜は空に厚い雲が垂れ込め、月さえ見えないほどに暗い。

 これが不幸中の幸いだった。

 夜を待って見回りの隙を縫い、市街を囲う堀を泳いで外壁をよじ登り、屋根伝いに街並みを移動するには絶好の状況だ。


 太陽は完全に沈み、通行人もそれほど多くない。

 雑音は少ないはずだ――


「……いた。ミーリだ。ナンカ、ブツブツ言ってる。地母神に……祈ってるのカ?」

「場所は?」

「アッチの方。あのバルコニーだナ」


 窓の中が覗ける位置まで、僕達は屋根から屋根へ跳んでいく。


「……まずは僕が飛び込む。外で待っててくれ。もしも僕が出てこなかったら、そのまま逃げろ」

「なんだアシェ。独りで罪を被るつもりカ?」

「一つぐらい罪状が増えたところで、今更だ」


 先を往くブエナが、肩越しに振り向いた。

 不敵に笑う彼女の口元に、オオカミ属の犬歯が覗く。


「無理しなくてイイんダゾ、アシェ。そこまでしてやるギリは無いだロ?」


 言われなくても分かっている。


(僕もミーリア達も、お互いにただの行きずりだ)


 火中に飛び込んで救うほどの間柄じゃない。

 足止めの謝罪も食事の礼も果たした。


 彼女達がどんな目に遭おうと、仕方ない、関係ない。

 本人が選んだ道だと目をつぶっていればいい。


(そうすべきなんだろうな。本当は)


 それが自分のために生きるということで、自由に生きるということで。

 散っていった仲間達が、僕に託した思いのはずで。


 だというのに。


「やっぱり許せないんだよ。ブエナ」

「……なにがダ?」

「みんな、命を懸けて戦ったんだ。魔王を倒せば世界が平和になるって……誰もが、今よりマシな世界で暮らせるって信じてたんだ」


 何度怪我しても、死にかけても、恨まれても、呪われても。

 僕達は戦ったのだ。

 ラフェンディが、ヴァネッサが、メイゼルが、シェルスカが――それ以外にもたくさんの人々が、命を散らしたのだ。


 崩れかけた世界を立て直すために。

 魔王を倒せば、少しでも良くなると信じて。


「なのに、なんでだよ。どうしてまだ――苦しんでるんだ。ミーリアみたいな人が」


 大切な肉親を亡くしたばかりの少女が。

 少女を救おうとした人達が。


 どうして辛い目に遭わなきゃいけないんだ。


「そんなの――許せないだろ」


 ――ピタッと、ブエナが脚を止めた。


「……ブエナの勘は正しかっタナ」


 彼女はニヤリと笑い、


「オマエはイイヤツだ、アシェ。オマエは、仲間を裏切るようなヤツじゃナイ。誰がナンと言おうと、ブエナには分かル」


 そう言ってくれた。


 僕は――どう答えたらいいか分からず、ただ一言だけ。


「ありがとう。ブエナ」

「イイってコトよ」


 それから、ブエナは再び前を見て。


「……ここダ。あの窓からミーリの声がスル」

「カーテンが閉まってるな。中の様子が分からない」

「ミーリ以外の声――オトコが一人、オンナが一人、何か話してルナ。ナンカの打ち合わせカ?」


 十分な情報だ。耳だけでここまで相手の状況を探れるとは。

 流石はオオカミ属の獣人というべきか。


「――僕が行く。後ろを……頼んでもいい?」

「当たり前ダ、相棒・・


 ブエナが頷き、マントで口元を隠す。

 僕もフードを被りなおすと。


 屋根瓦を蹴って通りを飛び越え、基地側の屋根に舞い降りる。

 そのまま雪落としの斜面を滑り降り、手すりに飛びついてバルコニーに飛び込む。


 後ろのブエナが追いつくのを待ってから、僕は窓ガラスを何度かノックした。

 しばらくして鍵が開く。


「うるさいぞ、野良猫め。バルコニーにクソでも垂れたら承知せんぞ――」

「――――ッ」


 無防備に顔を出す禿男。

 その首に肘を巻き付けて一気に絞め落とす。


「――ミーリっ! いるカッ!」


 同時にブエナが部屋へ滑り込んだ。


「な、何者ですか――ブェッ」

「ウルサイ、黙ってロ」


 僕は白目を剥いた禿男をバルコニーに捨てて、部屋に入る。


 貴賓室なのだろうか、豪奢な内装。

 揺れる明かりの下、ブエナは女兵士を組み伏せていた。


「ソッチだ、アシェ」


 ブエナが顎で奥を示す。

 そこには、


「ミーリア!」

「――アシェル様っ!」


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