第3話 元勇者、ご令嬢を送り届ける

 結局。

 僕はブエナの騎馬に乗せてもらうことになった。


「僕は歩くよ。三頭目は誰かが乗ればいい」

「誰にでも初めてはあります! まずは、上手な方の後ろについて馬上になれるとよいかと思いますっ」

「ミーリの言う通りだナ」


 彼女達の助言を前に、僕は反論を思いつけなかった。


「ヨシ! 乗りナ、アシェ! ブエナの手綱サバキ、よく見とケ!」


 僕は、議論や口喧嘩も弱い。

 必要なら普通に・・・喧嘩すればよかったから。


 僕は仕方なく馬上によじ登ると、ブエナの腰に腕を回した。


 ……どうしよう。いい匂いがする。

 汗と土と脂の臭いに混じって――なんだろう、得も言われぬ何かが鼻腔をくすぐる。


「どうしタ、アシェ。もっと強く掴まった方がいいゾ?」

「いや。それは、その……申し訳ないから」

「ったくモー、ホントにカワイイ奴ダナ!」


 ――僕達は、ザブロフ配下の騎士達を捨て置いた“山賊街道”には戻らず、森の中を進むことにした。


(手下が戻らなかったんだ。ザブロフは新しい追手をかけただろう)


 痕跡を追って山賊街道までやってきた連中に、背後から襲われるのは避けたい。


 それに、森生まれの獣人であるブエナは、森渡りの達人だった。

 さらに女エルフ――ララ・シェは【魔力感知センス・マジック】で、魔力を帯びた生物――魔物の気配を察知してくれた。

 おかげで、街道を行くのとほとんど変わらない日数で森を抜けることができた。


「――見えてきた。あれが自由都市ブラーデンスだ……と思う」


 僕達は丘の上から、その街を見下ろしている。

 河を挟み込むように建てられた石造りの家々と、それを取り囲む分厚い外壁と堀。

 都市という呼び名に恥じない大きな街だ。


 間違いない。多分。きっと。

 あの頃、こういう道案内は斥候であるシェルスカの領分だったが――僕だってやればできるんだ。


「なんと素晴らしい――心より感謝いたします、アシェル様っ! ここまで大きな危険もなく来られたのは、あなたのおかげですっ」

「僕じゃない。ブエナとララ・シェの働きだ」


 ブエナが道を見つけ、ララ・シェが魔物を見つけてくれる。

 こんなに楽な道行きはなかった。


「フフン! 昔取ったキネヅカって奴ダナ!」

「アシェルくんも~がんばってたよ~。さっすが、勇者様~」


 僕の役割といえば、避けられない魔物を倒し、越えられない川に橋を渡すぐらい。


 とはいえ。既に魔王からの魔力供給を絶たれた魔物は、大した脅威じゃない。

 騎士達から奪った一振りで十分だ。

 木を切り倒して川にかけるのも、力が少しあれば誰にでもできる。


「冗談でしょう? あんな大木、サイクロプスだって二人がかりだと思うわ」

「でも、人間だって十人いればサイクロプスを倒せる。不可能なことじゃない」

「……それ、説明のつもり?」


 何故か呆れたように、ロザリンド。


「あれでしょ~、聖剣による存在改変チートでしょ~? 聖剣ラディウスは、その身を引き抜きし者に~高い身体能力とか強い魔力とか深遠なる知識とか、そういうよくばりセットをくれるっていうアレ~」


 ……ララ・シェの説明は、半分正しい。


「皇国の司祭達は聖剣の加護プロヴィデンスって呼んでた。けど、そこまで便利じゃなかったよ。剣がくれたのは限界を超えて成長し続ける力・・・・・・・・・・・・・だけ。結局、訓練と運は必要だった」


 聖剣を抜いた時、僕は普通の十五歳だった。

 せいぜい、神聖皇国の児童騎士団――名前は立派だが、実態は普通の孤児院だ――で多少の訓練を受けたぐらいの素人。


 若くして剣を極めていた騎士ヴァネッサや、旅路で出会った師匠達に教えを受けなければ、とても生き残ることは出来なかった。


「ッテことは、アレか? アシェはまだ成長期なのカ? コレ以上バケモンになるのカ?」

「……どうだろう。魔王を倒したとき、ラディウス――聖剣も折れたから」


 その時、加護も消えたと思うけど……確かめたことはない。


「それは――よほど激しい戦いだったのでしょうねっ。何しろ、世界の命運を懸けた魔王との決戦ですもの! ねっ」

「うん、まあ……そうだけど」

「ぜひ詳しくお伺いしたいですわ! 勇者アシェル様がいかにして巨悪を打ち破り、世界に平和をもたらしたのか!」


 ミーリアの話はだいたい事実だと思うけど、そこまで大げさに語られると、どうにもくすぐったい。

 何しろ僕は勝つことに必死で、細かい状況なんてほとんど憶えていない。


「……戦って、倒したよ」

「どのようにして!?」

「えっと……剣を、こう、ブン、ってして、魔王が、魔法を、ビャーってして、それを、僕が、シュッてして、光がパーって」

「ふむふむ! ははぁ、なるほど、なるほど!」


 どうにか身振り手振りを使って、戦いを再現しようとしてみるが。


「……説明、下手なのね。ボウヤ」

「あは、変な踊り~」

「いいぞアシェ! カワイイゾ! もっとヤレ!」


 絶対バカにしてるだろ、三人とも。


「皆様、失礼ですっ! アシェル様はこんなに一生懸命がんばっていらっしゃるんです! 例え分かりづらくとも人の話はキチンと最後まで聞くべきと、お祖母様も仰られておりました!」

「……とどめを刺すのはやめて」


 畜生。

 状況の説明や報告はラフェンディの仕事だったんだ。

 彼は皇子らしく、人付き合いがとても上手かった。


 ……とにかく、目的の街まではもうすぐだ。

 これ以上、僕にしてあげられることはない。


「あの、アシェル様。よろしければ、わたくしと共に自由都市へ参りませんか? あの街は、皇国領でも連邦領でもない緩衝地帯。追手も少ないと思いますの」

「言っただろ。僕は二つの国で罪に問われてるだけじゃなくて、二つの組織から賞金もかけられてる」


 神聖ゼラ皇国は僕を『ラフェンディ皇子殺害の真犯人』として手配し、リダルグ連邦国は僕を『英雄ヴァネッサを殺害した極めて重大な戦争犯罪者』と決めつけている。

 それに加えて、世界魔法士協会は『同胞メイゼルを害した者に無限の苦痛を与えること』を許しているし、“影の一党”も『流された姉妹シェルスカの血は同じ量の血でしかすすげない』と宣言している。


 彼らは皆、本気だ。

 本気で僕の存在を地上から消そうとしている。


 例え自由都市だろうと、その眼、その手からは逃れられない。


「でもっ、その罪は誤解ではありませんかっ。正義はアシェル様のもとにありっ! 然るべき場所で真実を訴えれば、きっと誤解はとけるはずですっ!」


 ミーリアは握りこぶしを振りながら、必死に訴える。

 しかし、ロザリンドが彼女の肩に触れて、


「お嬢。アナタ、他人の心配をしてる場合じゃないでしょう。ノルドスク領にいる叔母様・・・を頼るなら、これから領境まで旅しなきゃいけないのよ。ルーベン橋を越えるまで、これ以上リスクを増やすべきじゃないわ」

「それは……確かに、ロザリンド様の仰るとおりですが……っ」

「ザブロフの部下に見つかる可能性は少しでも下げないと。あの変態オヤジ、アナタと領地をモノにするためなら手段を選ばないわよ、きっと」


 彼女の意見は正しい。


 僕がミーリアと共にいれば、余計な目を引く。

 追手が増えるだけでも厄介なのに、万が一僕の仲間だと思われたら、ミーリアこそ濡れ衣を着せられてしまうかもしれない。


「向こうから、街道に降りられる。あとは検問で妙なことをしなければ、自由都市に入れる……はずだ」


 自由都市は文字通りの場所だ。

 損がないと分かれば、あらゆる旅人を受け入れる。

 一方で、利益をもたらさなければ、あっという間に居場所を失う街でもあるけれど。


「心配いらないわよ。そういうのはアタシの得意分野だから。……助かったわ、ボウヤ」

「幸運を祈ってる」

「アナタこそ。こんなお人好しは程々にしなさいよ」


 言われなくてもそのつもりだ。

 

「お腹が空いてなきゃ、こんなことにはならなかった」

「ちゃんと分かってるんでしょうね? さっさと皇国を出て北方の辺境にでも隠れなさい。野盗なんて続けてたら、命がいくつあっても足りないんだから――」

「ちょっと~ローザちゃん~、長いよ~。お姉ちゃんじゃないんだからさ~」


 不意に、ロザリンドの表情が揺らいだ。

 何かの感情が溢れそうになって、しかしすぐに蓋をされて。


「……そうね。余計なお世話だったわね」


 こぼれた笑いは、どこか自嘲めいていた。


「ね~、アシェルくん」

「なに?」


 ララ・シェは穏やかに笑ったまま、言う。


「また、会いに来てもいい~? ミーリアちゃんを叔母様・・・のもとに~送り届けた後にさ~」

「……どうして?」


 僕は純粋な疑問を返した。

 だが、ララ・シェは笑みを崩さずに、


「ふふ~。その理由は~次に会えた時に~、教えてあげる~」 


 ひらひらと手のひらを泳がせるだけだった。


「名残惜しいですが……アシェル様。ザブロフを下したら、このお礼は改めて必ずっ」

「いや、だから、これはただの食事の礼ってだけで――」


 と、言いかけて思いなおす。


「……もっと美味いものを食べさせてくれ。きっと」

「もちろんですっ」


 ……ミーリアとロザリンドが馬首を巡らせ、歩みを始める。

ララ・シェの馬が後に続く。

 その後を、ブエナが――


「じゃーナ、オマエら。元気でやれヨ!」


 ――続かなかった。

 彼女は僕の隣で手を振っている。


「アシェのことは任せとけヨ!」


 こっちも、何故だ。


「えっ、なんで?」

「オマエみたいなヤツ、ほっとけないダロ! カワイイし面白イし! だから、ついてってヤルゾ!」


 ええええ。


 というかミーリアのことはいいのか。

 彼女を守るためにアルタンジェ領を飛び出したんじゃないのか。


「ウーン、まあ、ミーリもほっとけないケド……ダイジョーブだ! ララとロザがいる!」

「ふふ~ん、おね~さんに、まかせて~」


 戻ってきたミーリアが馬を降りると、ブエナの手を、自らの両手で包み込む。


「あなたのような強く優しい方と道を分かつのは惜しいですが……この恩は決して忘れません、ブエナさん。いつか必ず、お返しいたします」

「オー! 楽しみにしてるゾ、ミーリ!」

「ふたりとも~元気でね~」

「変なもの食べてお腹壊さないようにしなさいね、ブエナ」


 ――やがて三人はゆっくりと丘を下り、街道を通るキャラバンに紛れ込む。

 僕とブエナは、その様子を見届けた。


「ヨシ! イイコトした! サイコーの気分ダナ!」

「……ああ。そうだね」


 追い剥ぎに身を落とすはずが、いつの間にか見知らぬ少女達を助けていた。

 その上、新しい仲間――というか、道連れ? まで得た。


 求めていた結果とは全然違う。

 でも、ブエナが言う通り、悪くない気分だ。


 まるで、まだ自分が良い人・・・のままでいられるような。


「さあ、アシェ! 早速はじめるゾ!」

「何を?」

「特訓ダ! 馬の扱い、獲物の探し方、追跡の仕方、罠の作り方――このブエナから教えを受けれバ、オマエもすぐに一流ハンターだゾ!」


 それはありがたい。

 勇者だろうと野盗だろうと、空腹が辛いことに変わりはない。


「……でも、少し待ってくれ。騎士共から奪った装備を売り払いたいし、それに……ミーリア達が街に入るのを見届けておかないと」

「ハァ? 心配しすぎダロ……っていうか、もう遠くて見えないシ――」


 これぐらいの距離なら誰がどこを歩いているかは分かる。

 ラディウスの加護とやらは、視力にも効果があったのだと思う。


「まさか、見えるのカ? この距離デ? ……オマエ、ブエナより目が良いのカ……? ただのニンゲンなのに……?」


 目を凝らしながら、考える。


(ロザリンドなら検問はやり過ごせるだろう)


 一緒にいたのはほんの数日だが、それでもロザリンドは僕よりずっとやり手だった。

 あの交渉力があれば、自由都市でもどうにか暮らしていけるはずだ。


 ……やがてミーリア達が都市の南門に辿り着く。


(元気でやってくれよ――)


 と。


 自由都市に背を向けようとした瞬間、視界の端に映ったのは。

 衛兵達に囲まれ、縄をかけられるミーリア達。


(――なんでだ?)


 おかしい。


 気づくと僕は南門に向かって走り出していた。

 走りながらマントで口元を隠し、フードを目深にかぶる。


「待テ、アシェ! 衛兵ドモに見つかるゾ!」

「すぐに戻る!」


 街道を行く人をかわし、馬を抜かし、馬車を飛び越えて。

 ようやく僕が辿り着いた頃には、もう。


 ミーリア達は門の向こうへと引き込まれていた。


(どうしてだ。大した武器は持ってなかったし、衛兵達にも逆らわないで、普通の旅人を装っていたはず――)


 答えを思いつくより早く。

 門の近くの掲示板に貼られた人相書きが目についた。


 指名手配犯や尋ね人の特徴や身上が書き込まれた何十枚という紙切れ。


 その中にミーリアの顔があった。

 ロザリンドやブエナ、ララ・シェの顔も。


(尋ね人、ミーリア・アルタンジェ。凶悪なエルフの魔法使いと獣人の盗賊、娼婦の三人組によってアルタンジェ本邸より誘拐された――この四名のうちいずれかを見つけた者にはムーア商会より以下の賞金が与えられる――)


 どうやら。

 ザブロフという男は、思ったより仕事が早いようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る