第3話 人間として死ぬ、そして止まらない涙

 二週間後、彩瀬さんは約束通り、事の顛末を報告しに来てくれた。


 あの男に僕が相続の意思が無いこと、そして僕の言葉を包み隠さず伝えたところ、病院のベッドの上で絶望の沼に堕ちていったらしい。そして、僕からの話について確認したところ、観念した様子で嘘をついていたこと、そして僕の話が真実だと認めた。

 遺産については、僕からの提案を伝えたところ、それに同意。元妻の明日香さんが相続することになった。が、最初は明日香さんも放棄する意向だった。離婚時にも微々たる額の手切れ金(五百万円とのこと。単位が違うだろ……)を渡そうとしたらしいが、明日香さんは受取を拒否したらしい。あの男は「これまでのことを心から謝罪したい。ただ、謝罪を受け入れる必要はなく、自分を許す必要はまったくない」と伝え、明日香さんは遺産を相続することを決断したようだ。相続税などの対応も必要なため、彩瀬さんは明日香さんのサポートを続けていくとのこと。


 あの男は、病院のベッドの上で鎮痛剤による幻覚を見ながら、毎日ただ「許してくれ」とひたすらにつぶやき続け、先週誰に看取られることもなくこの世を去った。


 その話を聞いた時、何の気持ちも湧かなかった。「ざまぁみろ」だなんてまったく思わない。彩瀬さんに「自分が人でなしであることに気付き、最後にちゃんとひととしての心を取り戻して、苦しみながらも人間として死ねたのは、あの男にとって良かったことなんじゃないかな。よく分からないけど、そんな風に思う」と自分の思いを吐露すると、何も言わずに僕を胸に抱き締めてくれた。


「幹雄くん……頑張ったね……」


 彩瀬さんの言葉に、なぜか分からないけど涙が溢れて、どうしても止めることができなかった。死んだあの男が父親だからなのか? 僕には分からない。

 彩瀬さんは、自分の胸の中で泣く僕を抱き締めながら、黙って頭をずっと撫でてくれていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る