第8話 強襲
晩秋の夜。
ドンドンドン!
派手にドアを叩く音に、シルルはスープを温める手を止めた。
ドンドンドン!
再びすごい音がする。
玄関の鍵を開けると、勝手に来訪者がドアを開けて中にずかずかと入り込んできた。
「おまえが真っ暗森の魔法使いか」
シルルに一瞥をくれると、そのままずんずんと奥に入っていく。その男には見覚えがあった。ミザールだ。
ミザールは軍服姿で腰に帯剣している。
その後ろからぞろぞろと武装した兵士たちが何人もシルルの小屋に入ってきた。
そのうちの一人と目が合う。いつぞやの年かさの男だった。
前はここまで武装していなかった。今日は完全に戦闘態勢だ。
マジかよとシルルはげんなりした。
物騒すぎる。
人の家を壊す気満々ではないか。
「フロリカはどこにいる」
「そんなことより、何用ですか。こんな時間に」
「口を慎め」
年かさの男が剣を抜きシルルの首筋に向けながら言い放つ。
「もう一度聞く。フロリカはどこだ。まさか死なせたり、外に逃がしたりはしていないよな?」
「していませんよ。そこにいます。居間のテーブルの上に。ですが」
シルルはふわりと姿を消すと、サッと居間のテーブルの前に姿を現した。
フロリカを庇うように立ち、かすかにミザールに対して嘲りの笑みを浮かべる。
「あなたにフロリカは返しません」
「フロリカは俺の妻だぞ」
ミザールがシルルを睨む。
「音沙汰がないということは、どうせカエルのままなんだろ。まあ別にそれでもいいが、最後に一度くらいは口がきける魔法をかけられないか? そうすれば別の魔女を雇わなくて済む」
別の魔女だと?
みんなが知っている魔法ならともかく、オリジナル要素が高くなる呪いに関しては、本人しか対処できない。それが呪いというものだ。
「別の魔女に頼ったって解決しませんよ」
「だがおまえよりはマシかもしれないだろう?」
「ミザール殿下。あなたがトリスに魅入られたせいで、こんなくっだらない事態になったという自覚はおありで?」
「なっ!?」
ミザールの顔色が変わる。
なるほど、これはミザールの秘密なのか。
「あの魔女が何を要求したのかは知りませんが、あなたが隙を見せたから魔女はあなたにつけこんだのです。何度でも追い払う機会はあったはずだ」
「う、うるさい!」
「逆にフロリカに非がありますか? 王女に伴侶を選ぶ権限はありませんからね。ただ親の指示に従っただけなのに、なぜカエルにされなくてはならなかったんですか? ミザール殿下がトリスと関わったせいでしょう」
「おまえに何がわかる!」
ミザールが腰につけていた鞘からすらりと剣を抜く。
「俺だって伴侶を選ぶ権限はない!」
いきなり切ってかかられる。
シルルは魔力を集めて盾を作り、ミザールの剣を弾いた。
「トリスへの感情のことなら、それはトリスによって操作されたものだ」
「そんなわけがない!」
シルルの盾に腹を立てたミザールが何度も何度もシルルに斬りかかる。
「おまえに何がわかる! おまえに何が!」
ミザールがシルルに足払いを入れる。
シルルがバランスを崩して派手に床に倒れこんだ隙に、ミザールがテーブルの上にいたフロリカをつかんで後方に待機していた兵士たちに向かって投げた。
「足止めしておけ」
ミザールの指示に兵士たちが剣を抜いて構える。
そうこうしているうちにミザールとカエルを持った兵士は小屋の外へと出ていった。
「魔法使いは死なないと聞いたことがあるのですが、本当ですかな? 試す価値はあると思いますね」
すぐそばからそんな声がした。目を向けると、年かさのあの男が冷たい目でシルルを見ている。
「戦場での魔女は本当に厄介です。魔法使いや魔女など、この世から一人残らず消えてほしいものですな」
剣が振り上げられる。
シルルの目が緑色から一瞬で真っ赤に染まった。縦長の瞳孔が開く。
魔力が炸裂し、爆発する。
一瞬にして小屋の窓ガラスが粉々に吹き飛ぶ。
***
小屋の外に出ていたミザールは爆風によって吹き飛ばされ、何メートルも先の地面にたたきつけられた。
ミザールが目を上げると、外に待機させていた兵士たちのほとんどがなぎ倒されていた。
ドア吹き飛んでしまった玄関から、黒いローブをまとった男が出てくる。暗がりの中でもはっきりとわかる、炎のように赤い髪の毛と血のように赤い瞳。まっすぐこちらを見ている。
「化け物が!」
ミザールが立ち上がるよりも前に魔法使いがとびかかってくる。
体勢を立て直していないミザールは襲い掛かるシルルの腹を力いっぱい蹴り飛ばした。
シルルが派手に飛ぶ。
少しはダメージを入れられたか。
魔法を使われたら勝ち目がない。ミザールは地面に転がって呻いているシルルを尻目に、フロリカを捜した。カエルは気持ち悪いが、持ち帰らなくては暗証番号がわからない。
フロリカはミザールの近くに倒れている兵士の一人が抱えていた。
生きているのか?
近づいて足先で蹴り飛ばしてみると、ぴくぴくと腹が動いた。
元が美人なだけに、こんな気持ち悪い姿にされたら自分なら死を選ぶと思うが、フロリカ王女は違うらしい。
それとも頭の中身までカエルになり果てて、王女のプライドもなくしているのかもしれない。
かがんでカエルの右脚をつまみ上げた時だった。
「フロリカを返せ」
脇腹に衝撃が走る。シルルがミザールの脇腹に剣を突き立てていた。
幸いなるかな、軍服の下に着ていた防刃ベストのおかげで致命傷にはほど遠い。だが、痛い。
倒れていた兵士の剣を拝借したらしい。
「残念だな、魔法使い。カエルは道連れだ」
ミザールはカエルの脚を掴んで振り上げ、力いっぱい振り下ろした。
シルルの注意がカエルに向く。
その隙にミザールは短剣を抜くと、シルルの腹に突き刺した。
自分とは違い、シルルは下に何も着ていないようだ。手に切り裂かれる肉の感触が伝わってきた。
「詰めが甘いぞ、魔法使い」
崩れ落ちるシルルに吐き捨てた時。
べちゃっと、何かがミザールの目を狙って飛んできた。
突然のことに驚いてカエルを手放す。
はっとした時にはもう、カエルはミザールの手を離れ、ぴょんぴょんと腹を抱えてうずくまる魔法使いのもとに跳んでいった。
どうやらカエルの長い舌がミザールの目を狙ったらしかった。
なんということだ。気持ち悪い。
大急ぎで目をこする。
カエルの唾液が目に入る。
焼けつくように痛い。なんだこれは。
痛くてもっとこする。
痛みが激しくなる。
「なんだこれは!」
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