第6話 ミザール王子の思惑

 一方その頃、王宮では。

 予告していたより早く到着した隣国の国王を前に、ミザールが固まっていた。


「これはミザール王子。お久しぶりです。結婚式以来ですな?」


 親ばかで知られる隣国の国王は、娘の結婚式に出席していた。

 だから久しぶりと言っても三週間ぶりだから、実際は久しぶりというほどでもない。


「フロリカはどうしておりますか? 結婚式の翌日はほら、疲れているということで会うことができませんでしたからなー」


 フロリカをかわいがってくれたようで嬉しいですわ、と続けた国王に、ミザールは頷くしかなかった。

 初夜に魔女が現れて新妻をカエルにしてしまった記憶は未だに鮮明だ。




 魔女トリスは、令嬢の一人としてミザールの前に姿を現した。

 ミザールはこの国の第一王子ゆえに、いずれはこの国を継ぐことになる。

 だから厳しく育てられた。

 それは女性関係もそうだ。


 政略結婚が義務付けられている身ゆえに、極度に女性との接触を制限されて育てられた。しかし大人になるにつれて、社交が必要になる。女性をうまく扱えない。そもそも女心が理解できない。彼女たちの本音と建て前は本当にわかりにくい。そのせいで何度も失敗した。

 それはプライドの高いミザールにとっては屈辱的な出来事だった。

 かといって女性たちを遠ざけることはできない。

 そんな折にミザールの前に現れたのがトリスだ。


 魔女だとは知らなかった。明るく気さくで、女性に苦手意識があるミザールでも気軽に話せる相手。

 いいな、かわいいな。それに美しい。

 こういう娘を妻に迎えられたら楽しそうだ。

 そんな気持ちが、「この娘を妻に迎えたい」という気持ちに変わるのに時間はかからなかった。しかし同じ頃、ミザールに縁談が持ち上がる。

 隣国の第五王女との結婚だ。

 隣国は裕福な国ゆえに、持参金がとんでもない金額になる。


 持参金は妻固有の財産ゆえに、この国の予算に組み込むことはできないが、この国では「妻のものは夫のもの」にできる法律がある。

 第五王女の持参金を国の金にはできないが、ミザール個人の資産にはできるのだ。


 もちろんこれは、「王族同士の結婚」ゆえに「持参金は公共のものとして扱う」ものだったのだが、ミザールは曲解した。

 意に沿わない結婚をするのだから、この金は本当に好きな人に使うべきだ、と。


 そのことをトリスに伝えてしまったため、トリスは持参金がそっくり手に入ると思ったらしい。

 けれど、その持参金を持たずにフロリカはやってきた。

 なぜ。約束が違うではないか。

 これではトリスに嫌われてしまう。

 そして初夜、トリスが現れて「持参金はどこ」という話になったのだ。押し問答の末、トリスは手ぶらで嫁いできたフロリカに怒りを向ける。

 よりにもよってミザールが生理的に受け付けないカエルの姿にしてしまった。


 その時初めてミザールはトリスが魔女だったと知ったが、だからなんだというのだ。

 トリスが魔女だと知っても気持ちはまったく揺らがない。

 だからこの気持ちは本物だ。

 これこそが真実の愛だ。


 そんなわけで、ミザールにとってフロリカの存在はどうでもよかった。

 だがカエルにしたままでは外交問題になる。

 だから国のはずれの真っ暗森に住むという魔法使いに、ひと月以内にフロリカを人間に戻すよう指示したのに。

 ひと月が来る前に、フロリカの父親が再訪してしまった。


「しかしあの子も薄情でね。一度も手紙をよこさないんですよ。よっぽどこの国での生活が楽しいとみえる」


 国王が豪快に笑う。


「ところでフロリカはどこですかな?」

「フ……フロリカは、風邪をひいておりまして……」

「それはいけない! 見舞いに行かなくては」

「人に移してはいけないからと、部屋にこもっておりまして、夫である私も会えないんですよ!」


 フロリカ不在が知られたら大変だ。ミザールは愛娘の見舞いに向かおうとした国王の腕をつかんでその場に留めた。


「なんとなんと……。フロリカの症状はそんなに重いのですか。それは心配だ」

「我が国が誇る医師と薬師がついておりますので、大丈夫かと思います。ですが、人に会いたくないと申しておりますので、フロリカの気持ちを尊重していただければ……」

「それもそうだな」

「……ところで、陛下。こんな時に申し上げにくいのですが、フロリカの持参金はどこにあるのでしょう? 姫は手ぶらで嫁いできましたが、それはあまりにも非常識なのでは……」


 思い切って切り出してみたところ、国王は一瞬ぽかんとしたのち、豪快に笑い出した。


「伝え忘れておりましたかな? 持参金はすべてフロリカの口座に送金してあるので、あの子に頼んで出して出金されるとよい。金は賢く使えと常日頃から言い聞かせておるゆえ、あの子を説得できればいくらでも出してくれよう。わしは娘を信じているからのう」

「ふ……フロリカの口座に……」


 婚姻契約書を交わした際に見た持参金の金額は、相当なものだった。

 まさか丸ごとフロリカの手元にあるとは。


 ――あの魔法使い、何をしている!


 いまだに連絡がないのは、フロリカを元に戻せていないからなのか?

 たかがカエルに変えられる魔法だぞ。


 ――ええい、あの魔法使いはだめだ。報酬が高くつくが、別の魔女に頼むか。暗証番号さえわかれば……。


 そうすればフロリカの持参金は引き出し放題。トリスが喜ぶほしいものも買い放題だ。




 その日のうちにミザールは「森にでる害獣退治」という名目で兵士を引き連れ、真っ暗森に向かった。

 フロリカを取り返すために。

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