第4話 魔法使いはお出かけする
本日は週に二度の商売の日である。
「君が元気出そうなものを買ってくるから、おとなしく待っていてね。いちおう、スープはここに出しておくね」
シルルは皿になみなみと昨日の残りのスープを入れ、今日売るつもりの薬草を持つと、カエルを置いて家の外に出た。
玄関には鍵をかけたし、家の周りにはしっかり結界が張ってある。
シルル不在時には家が見えなくなる便利な結界だ。これで人も訪ねてこない。この結界を破れるのはトリスだけだが、まあトリスが来ることはないだろう。
魔法を使って森の出口まで跳ぶ。タイパ大切。
だがそこから商売をする町中までは徒歩だ。
シルルは赤い髪の毛に緑色の瞳、耳も丸い。一見すると人間にしか見えない。というより、元の姿のまま変化していない。見た目はおそらく人間の自分が死んだときの年齢のままで固定されているのだと思う。
けれど魔法を使う時は、目が赤くなる。
トリスは違う。彼女はずっと赤い目をしているし、耳もとんがっている。
生まれつきの魔女と、魔女に血を与えられた使い魔の違いなんだろう。
人間のふりをしている使い魔からは魔力を感じないので、おそらく魔女であっても見破ることはできない。
見た目が変わらないので、商売をする場所は定期的に変えている。
寒くなってきているので、体を温める効用がある薬草や、あかぎれの薬などがよく売れた。
昼前にはすべて売り切れたので露店をたたみ、シルルは散髪屋を覗いた。
「いらっしゃいませー」
「髪の毛を切ってほしいんだ。伸びすぎちゃって……自分で切ると変になるから」
「いいッスよ。もしかしてお見合いが近いとか?」
若い男性がわざわざお金を出して身だしなみを調えるのだ、理由があるに違いないと店主がニコニコ聞いてくる。
「そんな感じ。……あ、ねえ、隣国から王女様が嫁いできた話を聞いた?」
店主に促されて大きな鏡の前のイスに座りながら、シルルが聞く。
「ああ、聞いたよ。この国ではどこでもその話で持ちきりさ」
「僕は山奥に暮らしているからそういう話に疎くて。どんな王女様なの? 髪は何色? 目は?」
「すごくきれいな人だそうだよ。金色の髪の毛に、真っ青な瞳でね……」
店主がまるで見てきたかのように語る。エンタメに飢えている人々にとって王女の嫁入りはかっこうのネタのようだ。
シルルは話し好きな店主と、あとから入ってきた常連客からたっぷり「隣国から嫁いできた王女」の情報を仕入れた。半分くらいは「ほんまか」と思う内容だったが、金色の髪の毛をしているというのはたぶん本当。
――金髪なのかー。
カエルは土色だけど、と思いながら、さっぱりした髪の毛を揺らして他の露店を除く。
きれいな意匠の髪留めが目についた。
――金髪に似合いそうだな。
シルルはその髪留めを手に取った。
秋の日はつるべ落とし。日暮れが早い。
町を出たのは夕方になる前だったが、徒歩で森まで移動したせいで、森の中はタイパ優先で魔法を使ったものの帰宅した時にはすでにあたりは暗くなっていた。
「ただいま!」
玄関をあけて真っ暗な家に声をかけると、すぐにドタンドタンという音が聞こえてきた。
大きなカエルが急いで跳んでくる。最後は大ジャンプをしてシルルに飛びついた。
「遅くなってごめんねー! おいしいものたくさん買ってきたんだ、まずはごはんにしようね」
カエルを抱きかかえたまま魔法で家中のランプを灯して歩き、居間のテーブルの上にカエルを置く。
「そうそう、フロリカは金髪だって町の人が言っていたんだ。それを信じて髪留めを買ってきたよ」
シルルは袋の中から買い求めた髪留めをカエルに差し出した。
「おまじない。人間に戻れるようにね」
カエルの前に置くと、カエルが大きな手でぺたぺたと髪留めを触った。それからシルルを見て口をぱくぱくさせ、その次にはテーブルの上をぴょんぴょんと跳ね跳んだ。
声が出せなくてもフロリカの考えていることはちゃんとわかる。
かわいいなあと思う。
――早く元に戻す方法を探さなきゃな……。
大喜びしているフロリカを見ながら、シルルは内心で溜息をついた。
――気が進まないけど、時間もないし、しかたがない。
その日の夜。
「これは湯たんぽ」
シルルはフロリカに布で包んだ湯たんぽをみせた。陶器の入れ物に熱湯を注ぎ、布でくるんだものである。
「これをフロリカのベッドに入れておくからね。これから、僕は時々夜中に出かけるけど、フロリカは気にしないで寝てね」
フロリカが頷く。
バスケットの中に湯たんぽを入れ、その上からタオルを敷く。
「明け方には戻るよ。いい子にしていてね」
フロリカを撫でると、フロリカは気持ちよさそうに目を細めた。
そのあと、シルルは魔法使いらしく黒いローブを羽織った。
シルルはトリスから多くの血を与えられているため、強い魔力を持っている。だが制御が下手くそという欠点がある。生まれつきの魔法使いではないから、このあたりはしかたがないらしい。魔力の制御を助けるためのイヤーカフも着ける。
「それじゃ、行ってきます。おやすみ、フロリカ」
フロリカをバスケットに入れ、掛け布団がわりのタオルを一枚かけ、シルルは魔法で灯した明かりをすべて消した。
そしてフロリカに声をかけると、ほうきを手に玄関から出ていく。
窓から飛び出さないのは、窓では戸締りができないから。
しっかり玄関に鍵をかけると、シルルはほうきにまたがって空に飛びあがった。
魔女狩りがあってからこっち、魔女の姿はずいぶん減ってしまったとトリスは言っていた。
その残り少ない魔女がどこらあたりにいるかというと、戦場だ。
大きな戦場ほど、魔女の数が増える。
どちらの陣営も魔女を雇うからだ。
魔女は個人事業主なので、単独で行動することが多いが組合もある。
人付き合いがド下手くそなトリスは、ほかの魔女に会いたくないという理由で戦場には顔を出さないし組合にも属していないから、果たしてトリスの呪いの解き方を知る魔女が戦場にいるのかどうか。
そもそも、使い魔の自分を魔女が相手にしてくれるかどうか。
しかし手がかりはそこにしかない。
だから行くしかない。
戦場は遠い。
戦地についたら転移用の魔法陣を設置しなければ。でも今日は場所がわからないからひたすら空を移動だ。
今、どのあたりで戦争が起きているかくらいは知っている。
この世界も戦争だらけだ。
胸に残る傷跡がずきずきする。手が滑って急所を外してしまった。自害もまともにできないのかと嘆いたあの夜から、いったいどれくらいの年月が過ぎたのだろう。数えていないからまったくわからない。
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