第2話 王女様の過去

 まずは現状把握からだ。

 幸いなことにカエルの中身はまだ人間だったころの記憶も鮮明なお姫様。問題は、シルルにカエルの意識を読み取るほどの高い魔力がないこと。


「君に何が起きたか聞いてもいい?」


 カエルを膝の上に置いて、その背中に右手を置き、シルルはフロリカにたずねた。


「君は結婚式の後にカエルにされたんだよね。その時のことを思い出せるかな」


 シルルの言葉にカエルが頷く。

 口をぱくぱくする。

 言葉で説明しようとしているのだろう。人間だった頃の名残りだ。

 手のひらを通じてフロリカの記憶が伝わる。




 場所は寝室だ。

 目の前には端正な顔立ちの青年がいる。こちらを見て微笑んでいる。フロリカは緊張しているようだ。


 ――結婚式後って、まさか初夜で……?


 その時、寝室の窓ガラスが砕け散り、突風が吹きこんできた。

 フロリカが振り向くとそこに露出度の高い服を着た、セクシーな女性が立っていた。長い黒髪、赤い瞳、とがった耳……一目見ただけで人間ではないことがわかる。

 トリスだ。


 ――師匠を見るのは何十年ぶりかな。お姫様の記憶を通して見ることになるとは思わなかった。


 トリスが青年に何か言う。青年が言い返す。会話までは聞き取れない。シルルの魔力の限界だ。それでもフロリカの不安がどんどん高まってくるのは痛いほど伝わる。二人の言い争いが激しさを増し、フロリカは怯え始める。


 トリスがフロリカに顔を向ける。薄暗い寝室にあってトリスの赤い目はやけによく見えた。縦長の瞳孔が開き、フロリカに手をかざす。

 何かがフロリカの体を突き抜ける。呼吸が止まりそうな衝撃にフロリカは悲鳴を上げて倒れる。

 気が付くと魔女はいなくなっており、優しげにこちらを見ていた青年が顔を歪めてフロリカを見下ろしていた。


 フロリカは何が起きているのかわからない。青年に近付こうとしたら何か叫ばれこっちに来るなというゼスチャーをされた。優しかった青年は汚らしいものを見る目つきに変わっていた。

 すぐに人が呼ばれる。フロリカは大勢の人に囲まれた。全員が自分を汚らしいものを見る目付きで見下ろしている。

 フロリカはわけがわからない。ただただ混乱し怯えていた。




「だいたいわかった」


 シルルは嫌なことを思い出してぷるぷる震えるフロリカの背中を優しくなでた。


「必ず君をもとの姿に戻してあげる。でもあいつの元には返したくないなぁ」


 目の前でフロリカがカエルに変えられたのを見ていたはずなのに、なんであんなに侮蔑的な態度が取れるのだろう。シルルにはわからなかった。たぶんよっぽどカエルが嫌いなんだろう。


「よかった、僕はカエルが嫌いじゃない」


 だからカエルを押し付けられても平気。

 そういう意味で呟いたつもりだが、それを聞いたフロリカの心にふわっと安堵の色が広がるのがてのひらを通じて伝わってきた。


「こわかったね」


 シルルはフロリカを抱き上げて顔を覗き込んだ。

 大きな目をしている。


「もうすぐ日が暮れる。このあたりはけっこう気温が下がるんだ。お風呂に入れてあげるね。それから食事だ。おなかいっぱいにして、あたたかくしてお休み。何も心配はいらないよ。君に呪いをかけた魔女は幸いにして僕の知り合いだからね」


 安心させるように言うと、カエルが大きく口を開いた。

 喜んでいるらしい。


 そのあとシルルはカエルをゆであがらない程度のお湯につけて温め、タオルでふいてやったあと、自分のために用意していた肉団子いりのスープとパンをテーブルの上に置き、カエルもまたテーブルの上に置いた。中身は王女なので、床上では失礼だと思ったのだ。


 おなかがすいていたらしく、カエルはすぐにスープにとりかかったが、残念なことにスープはべちゃべちゃとこぼし、パンは一度口に入れてから皿に戻していた。

 パンを食べなかったので少し足りなかったのか、カエルがシルルのスープ皿を見ていたので、シルルは自分のぶんのスープをカエルに差し出した。


 シルルのスープを半分ほど食べたところでカエルが満足したらしいので、皿を下げて汚れたカエルとテーブルを拭く。

 カエルが満足そうに口を開けたり閉めたりする。


 しばらくしたら眠そうに目を閉じたので、シルルは用意したバスケットにタオルを敷き詰め、カエルを入れてやった。


 いつもはだらだら夜更かしし、夜明け近くになって眠るというスタイルだが、同居人ができてしまったのでそれではイカンなと思う。カエルがおなかをすかせる。この生活力皆無のカエルはちょっとでも放置したらすぐに弱るだろう。それにこのカエルは鳴かない。シルルが気を付けていなければ異変にも気付けない。


 ――ちゃんと夜寝て朝起きる生活をしよう。


 シルルはカエルが寝ているバスケットを抱えて寝室に行き、ベッドサイドにバスケットを置いてベッドにもぐりこんだ。

 午後遅くまでだらだら寝ていたので果たして眠れるだろうかと思ったが、カーテン開けっ放しの窓の外、ちかちかと輝く星を見ていたら眠気がやってきた。

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