魔法使いと呪われた王女様
平瀬ほづみ
第1話 魔法使いと呪われた王女様
昔々あるところに、とても大きくて豊かな国がありました。その国の王様には五人の王女様がいてそれぞれをとてもかわいがっていました。王様は王女様たちが嫁入り先で困らないように莫大な持参金をつけてあげることにしました。王女さまたちは持参金を使って嫁ぎ先を豊かにしていきました。
そして今日、ついに王様の五番目の王女様、フロリカ姫が隣国のミザール王子に嫁ぎます。
フロリカ様は長い金色の髪の毛に晴れ渡った空のような美しい青色の瞳、ミルク色の頬にバラ色の唇の大変美しい王女様でした。ミザール王子はフロリカ姫がお妃様になることを大変喜びました。
けれど、ミザール王子には秘密がありました。
実は……。
***
天高く馬肥える秋の午後。
ドンドンドン!
派手にドアを叩く音に、シルルは「ふがっ」と変な声をあげて目を覚ました。
ドンドンドン!
再びすごい音がする。
そんなに力いっぱい叩かれたらドアが壊れてしまうではないか。
今は何時ごろだろう。
まあどうでもいいか。
ボリボリ頭をかきながらドアの鍵を外す。シルルが開ける前にドアがバンと開き、ぞろぞろとこの国の兵士たちがシルルの部屋に入ってきた。
「なんだおまえ、こんな昼間から寝ていたのか」
その中で一番えらそうな年かさの兵士がシルルを見て言う。
赤い髪の毛はぼさぼさ、緑色の瞳は今起きたばかりでまだ眠たそう、しかも着ているのは薄汚れたシャツとズボン。
「いつ寝ようと僕の自由でしょ」
「真っ暗森の魔法使いとはおまえのことか」
「たぶん僕のことでしょうね」
答えた瞬間、年かさの兵士が背後の兵士に合図をし、背後の兵士がブンッとシルルの前に何を差し出す。
バケツだった。
なんだそりゃ、と思って中を覗き込んだら、大きなカエルと目が合った。
「隣の大国から嫁いでこられたフロリカ姫だ」
「……カエルに見えますが」
「そう。昨日、我が国のミザール王子との結婚後に魔女が乗り込んできて、あろうことかフロリカ姫をカエルにしてしまったのだ」
「……魔女……」
「そこで真っ暗森の魔法使い、おまえがこの森の一部を不法占拠して勝手に私物化していることには目をつむってやるから、フロリカ姫にかけられたこの魔女の呪いを解け、というのがミザール王子からのお達しだ」
「すげーウエメセっすね」
「口答えするな。おまえだってまだ死にたくないだろうが」
シルルが感心してみせたら、その態度が横柄に見えたのだろう、年かさの兵士が凄んできた。
何を言っているんだろう、こいつ。
人間に魔法使いが殺せるわけがないだろうに。
シルルの冷めた視線に気が付いたのか、
「ひと月後に隣国の国王が様子を見に来る。それまでに呪いを解いておくように」
年かさの兵士はそう言うとバケツを置き、部下を引き連れて出て行った。
「……勝手だなあ」
アホくさ。そう思いつつバケツを見下ろすと、その中でちょこんと座っているカエルと目が合った。
大きく口を開き、閉じる。
また大きく口を開き……はっとしたように閉じる。
「もしかして君は女の子かな」
シルルはしゃがみこんでバケツを覗き込んだ。
大きなカエルがうんうんと頷く。
メスのカエルは鳴けないのだ。声を出す器官がない。だからこのカエルは鳴かない。
バケツに手を伸ばし、カエルを抱き上げるようにして持ち上げる。
なかなかずっしり重たいカエルだった。子犬ほどの大きさがある。
シルルはカエルを見つめた。
「……確かに、君はもともと人間だったみたいだね。ずいぶん古くて強固でやっかいな呪いがかけられている。この気配、覚えがあるなぁ……。君に魔法をかけたのは、ボン、キュッ、ボン、バーンみたいな、セクシーダイナマイト魔女じゃなかった?」
シルルの問いかけに、カエルがうんうんと頷く。
「そっかあ……君に魔法をかけたのはトリスかあ……」
シルルは大きくため息をついた。
魔女トリスのことはよく知っている。シルルを魔法使いに変えたのはトリスだからだ。正確にはトリスの魔力を与えられた、使い魔である。
「たぶん君は何も悪いことはしていないんだろうね。名前は……えーと、フロリカだっけ」
シルルの確認に、カエルがうんうんと頷く。
「かわいそうに。トリスなら呪いを解けるんだけど、性悪だからたぶん解いてはくれないね。トリスの呪いを解く方法……あるかな……探さないとね」
シルルの言葉に、カエルがぷるぷると震えた。
シルルはトリスの使い魔、つまりトリスより下位の存在なので、トリスの魔法を力づくで破ることはできない。
トリスが呪いを解くか、この呪いの正しい解き方を見つけるかのどちらかでなければこのかわいそうなお姫様は人間に戻れない。
トリスの所在は知らない。気まぐれな師匠は大切な薬草畑をシルルに預けたまま、何年も音信不通にすることが珍しくなかった。
魔女は人間よりも遥かに長く生きる。時間感覚も人間よりずっと長大だ。
トリスが生まれつき魔女だということは知っているが、いつからこの世にいるのかシルルは知らない。ただシルル自身はもともと人間だった。だからトリスの時間感覚が人間とは異なると知っている。
トリスを頼っていてはこのかわいそうな王女様は人間に戻る前に寿命が尽きる。
シルルがなんとかするしかない。
「まあとりあえず、君の食べるものと、寝るところを確保しよう。カエルだから……虫でいいのかな」
沼に行けばそれなりに大きな虫を捕まえることができるな、と思ったが、カエルがぶんぶんと首を振るので、やめることにした。
「僕と同じほうがよさそうだね」
カエルが頷く。
この反応、意識はまだ人間だ。
ならなおのこと、急いだほうがいい。動物に変えられたままでいると、その人の意識はだんだん動物に近付いていき、いずれは消えてしまう。
王女様は本物のカエルになる。
別に放置してもいいけど、そうするとあの兵士たちがやってきて薬草畑を荒らすだろう。それは癪だ。
それに。
シルルはしみじみとカエルを見つめた。
大きな目がかわいらしい。手にしたカエルからは混乱と心細さが伝わる。
身に覚えがある感情なだけに、無視もできない。
――面倒なことになったなー。
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