玉手箱チェイス

ちびまるフォイ

玉手箱を渡しただけなのに。

「浦島さん、どうかこれを」


「この箱は?」


「地上に戻りましたら開けてください」


「わかりました、ではさようなら乙姫さま」


浦島太郎が亀タクシーで戻ったのを見届けると、

乙姫は羽衣を脱いで部屋着に着替えた。


「疲れたぁ。これでひとしごと終わりだわ」


「乙姫さま。素が出るのが早すぎます」


「鯛のくせに私に指図しないでよ。

 こんな娯楽もなにもない海底監獄に囚われてるんだもの。

 多少のわがままくらいカワイイものでしょう?」


乙姫がスマホをいじりだしたときだった。


「……ん?」


フリマアプリの商品一覧に目がとまる。

そこには先ほど渡した玉手箱が出品されているではないか。


「あのバカ! なんてことを!!」


「乙姫さま、いったいどこへ!?」


「地上に行ってくるわ!

 玉手箱を取り戻してくる!!」


あわてて乙姫が地上に戻ると、まだ浦島太郎は浜辺にいた。


「おお、乙姫さま!?」


「あんたなんで玉手箱を出品してるのよ!?」


「きれいな装飾だったから高く売れるかなって」


「この金の奴隷めーー!!

 あれがなんなのか知らないの!?」


「なんだったんですか?」


「いやたしかに私からの説明はなかったけども!!

 とにかくあれをおいそれを渡すわけにいかないのよ!」


「僕にはくれたじゃないですか」


「そりゃあんたがあれだけ竜宮城で好き勝手したら渡すわ!!」


「……で、中には何が?」


「それより! 早く玉手箱を返してちょうだい!!」




「ついさっき売れました」



「売れた!?」


乙姫は慌てて画面を再度確認する。

すでに"SOLD OUT!"が表示されていた。


「今すぐ購入者に連絡をとって!」


「もう亀宅配便で発送しちゃったし……」


「なんでそういうとこの仕事は早いのよ!!

 商品が間違っていたとか不良品だからとか。

 理由はなんでもいいからキャンセルして!」


「もう遅いですよ」


「ああもう! それなら私が取りに行く!

 購入者の場所を教えて!!」


乙姫は浦島太郎から購入者の情報を聞き出し、

海底にある高速水路・竜宮インターをぶっとばした。


「お願い……! 間に合って……!!」


乙姫がたどり着いたのは、国の研究所だった。

まさかすぎる目的地に何度も住所をたしかめた。


「やっぱりここよね……?」


場所に間違いがないことを確認すると、

乙姫の豊かな想像力は最悪の事態を想像した。


急いで入口に向かうと、案の定ガードマンに止められる。


「誰ですかあなたは。許可のない人は立ち入れません」


「この研究所が玉手箱を購入したらしいのよ!

 悪いことに使われる前に回収しなくちゃいけないの!」


「そんなものは買っていません!」


「嘘よ! 間違いなく配送先がここだったもの!!」


「ワレワレハ、ナニモシリマセン」


「そのカタコトな返事が一番怪しいのよ!! ここを通して!」


「だめです。ここは関係者以外立ち入り禁止です」


「乙姫ビーーム!!!」


昔話でも大活躍したかの有名な乙姫ビームでガードマンは倒れた。

研究所に大急ぎで向かうと、案内板にわかりやすく『玉手箱研究こちら→』とあった。


「やっぱり軍事転用するつもりなんだわ……!!」


危機感を感じた乙姫だったが、すぐに研究員たちに気づかれてしまう。

白衣の集団の中に派手な十二ひとえは悪目立ちしてしまう。


「だ、誰だ!?」


「乙姫よ! 私の玉手箱を返して!」


「それはできない!」


「玉手箱を悪用したら世界を敵に回すことになるのよ!」


乙姫の悪い想像はあたっていた。

ガラス張りの研究室では玉手箱や煙の成分をスキャンしていた。

ミサイルやガス弾への改良設計図まで用意され始めている。


「急速老化させる力というのは非常に素晴らしい。

 これを使えば世界の覇権を取れるぞ」


「そんなことさせない! 玉手箱はそんなものじゃないわ!」


「じゃあコレ以上の有効な使い方があるのか。

 ただのいたずらグッズを、世界を統べるための道具に昇華してやると言っているのに」


「危害を加える思考でしか考えられないくせに!!」


「他人を蹂躙してこそ、国は豊かになるのだよ」


研究所に同席していた軍幹部は、試作段階の玉手箱ガス弾を詰めた。


「ちょうどいい実地テストだ。こいつで試してみよう。

 老化すればそのキツい性格も少しは悪くなるだろう」


「この……」


「さよなら、乙姫様。竜宮城でおとなしくしていればよかったものを……」



そのとき。


「乙姫フラーーッシュ!!」


誰もが知っているあの必殺技を乙姫が放った。

あまりの急な閃光に全員が目をつむった。


「ぐっ!? この女、なにを!?」


「玉手箱は返してもらうわ!!」


「させるか!!」


目をつむりながらも抵抗する研究員と軍人。

これを振り切って玉手箱を竜宮城に持ち帰るのは不可能。


そう思った乙姫は迷いなく玉手箱を外に向けてぶんなげた。


玉手箱は芝生でワンバウンドすると。

ゆるんだヒモからエイジング煙幕が解き放たれた。


「あ、ああ! 大事な研究対象が! 世界の覇権が!!」


誰にも当たることなく、ただ空へまっすぐに伸びる玉手箱の煙。

それを目の当たりにした軍人は悲痛な叫びをあげていた。


「これでよかったのよ……。誰にも迷惑かけずに処理するのが……」


乙姫はどこまでも続く煙を見届けながら安心したようにつぶやいた。







「ユルサン……地球人……絶対ユルサン……」


一方、地球の周囲を飛んでいた宇宙人。


突如行われた地球人による老化攻撃を受けたことで、

この星への全面的な宣戦布告を心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玉手箱チェイス ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ