第7話 やはり、加賀城斗真には誰もかなわない
教室というのは、どうしてこうも常にざわついているのだろうか。静かであるべき勉強の場が、なぜか昼休みには戦場と化し、放課後には文化祭前かってくらい騒がしくなる
まぁ、分かる。分からなくもない。人間というのは、沈黙という空白を嫌う生き物なのだ。静寂に耐えられず、つい声を出し、つい笑い、つい...何かを埋めようとする。だが俺は違う。沈黙こそが至高。静寂こそが正義。そこにこそ、秩序があり、平穏があり、読書タイムがある
...それにしても、腹が痛い
あの一撃、洒落にならない。いや本当に、胃か肝臓かどっか破裂してんじゃないのか?というレベルで痛い。さっき高ノ宮に不意打ち気味に殴られたのだが、あの衝撃、社会的には即出禁レベルである。彼女も突発的だったとはいえ、多少は反省の色を見せているようで...って、ないか。とりあえず、あの程度で済んでよかったと思うべきか。その後のフォローで明見日さんに必死にごまかしごまかし説明して、ようやく平穏が戻った。俺の胃以外は。
それにしてもあの時の明見日さんは、やっぱり真面目で、優しくて、可愛い人だ
俺は一番後ろの右端の席だが、斜め前には明見日さんがいて、俺の前には加賀城がいて、横には高ノ宮がいる
俺は加賀城のお友達?話し相手?ポジションにいるので、加賀城のラブコメ様子を存分見れる。ちなみに言うと、加賀城は明見日さんの事を狙っている
イケメンでスポーツ万能、笑いも取れる。女子受けパーフェクトスペックのリア充男と、見た目も中身も清楚系の美少女。設定的には、すでにエンディングロールが流れててもおかしくない組み合わせである...が、一向に進捗はない。どういうことなの。
もう2年も経ってるんですが。どうせ両想いなんだから、さっさとくっついてください。お願いしますから
明見日さんも早いことしないとぽっと出のヒロインに加賀城取られちゃうよ?高ノ宮とか明らかにぽっと出のヒロイン感満載で取られちゃうよ?しかもさっきから高ノ宮のことにらみつけてるけどそんなことしても変わらないんだよなぁ
そう思い、隣を見てみる。まぁなんだ。...やっぱり見た目はキレイな人だ。整った顔立ちは、無骨な性格を微塵も思わせないほどの美しさで、まるで飾らないのに目を引く。それは天然物の暴力みたいなもので、本人の意志とは関係なく、周囲の視線を引き寄せてしまう
短く整えられた銀色の髪は、左耳の上で無造作に結ばれたハーフアップになっていて、そのラフさが逆に完成された造形美を際立たせている。ちょっとした乱れすら計算に見えてしまうのは、多分、顔面偏差値が反則級だからだ。色素の薄い瞳は、何も考えていないようで、全て見透かしているようにも見える。肌は透き通るように白く、でもどこか血の気の通った人間らしさもあって、そのコントラストが妙に目を奪う。制服の着こなしも常に自然体。リボンは緩め、シャツはきっちり。隙があるようで、どこにも入る余地はない...そんな印象だ
一言で言えば、ヤンキー系というより品のいい野良猫。手を伸ばせば逃げるくせに、気がつけば足元でくつろいでいるような、距離感の読めないタイプだと推測できる・そして、そんな彼女が今はゲーム機を持ち、教室で堂々なにかのゲームをプレイしている
...って、それ見覚えある。俺のやつじゃないか?
なんで持ってるの。いや、いつの間に持ち出したの。ていうか、お願いだからプレイ履歴は見ないでくれ。そこだけは...人としての尊厳が...!
という感じだが...なんだかんだで、制服姿も絵になる人だなと思った
そうしている間に、気がつけば俺の周り...じゃなかった、高ノ宮の周りに人だかりができていた。まぁ、当然の流れではある。見目麗しいうちの生徒が唐突に現れたら、平和な学園にちょっとした祭りが起きてもおかしくはない
耳を澄ませば、「あの美人誰だよ」とか「トップ3より美人じゃね?」といった声がちらほら。さすがにそれは言い過ぎじゃ...いや、そうでもないのか。たしかに否定はできない。というか、その発言、わりと核心を突いている気がする。
そう、うちの学校には「学園アイドルトップ3」なる存在がある。存在と言っても、何か制度があるわけじゃない。誰が決めたのかも分からない、由緒正しき非公式ランキング。噂が勝手に形を取り、そのまま伝統となって受け継がれているらしい。俺が入学した時点でもう定着してたから、もはや風習。学園の七不思議より説得力ある
ちなみに、そのメンバーに関しては俺のようなエキストラ人生を歩む人種には、実物にお目にかかる機会すらない。だって出現場所が分からんのだ。神出鬼没なうえに、基本的にオーラで半径5メートルは近寄れない
...とか思ってたんだけど、斜め前の席に座っている天使が、その一角らしい。明見日さん。俺の中学時代からの同級生にして、見た目は美人、中身は可愛い、ついでに勉強も全国模試で上位常連という完璧人間。ちなみに運動は壊滅的。そこがまた可愛いとか言ってる時点で、俺の語彙力も壊滅的。なんにせよ、学園アイドルの筆頭格だと噂されている
二人目は
三人目は、1年生の雛野百花(ひなの ももか)。見た目はぶりっ子系。あざとさ全振り。どうやら1年生男子のハートを大半持っていった後、2年生にまで手を伸ばしているという噂も。バスケ部のマネージャーをしてるらしく、顔面偏差値の高い先輩たちに囲まれてるとか。まぁ、そこまではいい。問題は、女子からの評判だ。「ぶりっ子すぎる」とか「男子に媚びてる」とか、もうありとあらゆる陰口が集まってる。特に同学年女子の敵認定は確定事項らしい。噂って怖いな
ちなみに、もともと学園アイドルは四人だったという説もある。かつてその一角を担っていたのが、3年の
...ああ、ちなみに男子にも「学園アイドルトップ3」はあるらしい。2年1組の加賀城、2年4組の宮島、そして3年1組の杉山。どうでもいいので詳細は省略する。というか、覚える気がない
そんな他人事を考えているうちに、朝礼まであと10分。現在時刻は8時30分。ほとんどの生徒が登校を終え、教室で友達とまったり朝のだんらんタイム...のはずが、今日は違った。2年1組に謎の美少女がいるという情報が瞬く間に広がり、教室前に人だかり。もはや俺の席がどこにあるのか分からないレベルで埋もれていた
ちなみに、明見日さんはさすがにその状況を避け、少し離れた場所で本を読んでいる。どこまでも優雅な人である。そして話題の中心人物、高ノ宮はというと...そのど真ん中で、堂々とゲームをしていた
いや、そもそもうちの校則、ゲーム機の持ち込み禁止なんだが
そう思っていた矢先、教室の扉がバタンと音を立てて開いた。正直、ちょっとビビった。何事かと思ってそちらに目をやると、そこにいたのは...加賀城という圧倒的な主人公が立っていた。圧倒的光属性の陽キャ。関西弁をまとい、誰にでも分け隔てなく接するコミュ力の化け物。学園男子の中でも一際目立つ存在で、誰とも仲良くできるけど一線は越えな」理想的リア充像をそのまま形にしたようなやつ。俺から見れば異星人。つまり異端。異能生存体。バチバチにリア充オーラを撒き散らしてくるあたり、もはや兵器。目が焼ける
「ちょっと通るでぇ!」
その声だけで空気が一変するのだから大したもんだ。人ごみをかき分けながら姿を見せた加賀城は、俺の顔を見るなり目を細めて笑った
「おっ出れた。おはよう山崎!」
その明るさに少しだけ気が緩む。ああ、これが加賀城斗真という男だ。たぶん、犬とか子供にもすぐ懐かれるタイプ
「おはよう...加賀城」
この席がない現状から脱却するには、コイツの明るさに乗っかる以外に道はない。加賀城さえ高ノ宮の前に来てくれれば、なんとなくの空気を察し、いつしか二人だけの空間にしてくれる...あれ?それ俺が座るといけない空気なのでは...?恐ろしいぞ日本人め。そう悟った俺の前で、加賀城は高ノ宮を見て「うわっ!」とテンプレのような驚きを見せた
「...って誰やその美人は! 誰なんや教えてくれ!」
突然声を上げた彼は、少し離れたところにいる明見日さんに向かって叫ぶ。いつもはクールな彼女も、加賀城の突飛なノリには慣れているのか、柔らかく微笑みながら答えた
「おはようございます、加賀城さん。この人は高ノ宮さんといって、今日からここのクラスで授業を受ける人ですよ」
「ほんまか明見日さん!?」
加賀城の声は、今にも校舎全体に響きそうな勢いだった。それに応じて、明見日さんは落ち着いた声で返す
「ええ、本当ですよ。加賀城さん」
静と動の対比というか、嵐と湖面みたいな二人のやり取りに軽くめまいを覚える。朝から情報量が多すぎる
「まじか~、俺もついてんな~!こんな美人が二人もおるなんて、もう夢のようやわ~!」
いや、そこは夢だと自覚してくれ。頼むから
加賀城はすかさず高ノ宮の隣に移動し、ポータブルゲームに集中している彼女へと声をかけた...普通なら空気読め案件だが、加賀城の場合、それすらチャームポイントになる。厄介な仕様だ
「なぁ~高ノ宮さんってゆ~んやろ? 俺は加賀城斗真って言うねん。席めっちゃ近いし、これからよろしくな!」
太陽のような笑顔を向けながらの挨拶。しかし、返事は...なかった。
一瞬、相手のイケメンぶりに圧倒されたのかとも思ったが、高ノ宮はちらりと加賀城を睨み、次の瞬間、唐突に俺を手招きした
「...俺?」
そうジェスチャーで確認すると、彼女は不機嫌そうに頷き、再度手を動かす。あの視線に射抜かれながら歩くのは、男子にとっても試練である。たぶん女子だったら「ふぇぇ…あの場に行くのはこわいよぅ」ってなるやつだ
高ノ宮の隣に立つと、俺は小声で尋ねる
「どうした高ノ宮。加賀城が挨拶してくれてるんだから、ちゃんと返せよ。もしかして、そのイケメンっぷりに気圧されたか?」
そう言うと、彼女は俺を睨みつけ...殺気レベル高め...そのまま低くうなるように呟いた
「ちげぇよバカ。こいつ、初対面の相手に妙に馴れ馴れしくしやがって、マジでうぜぇんだよ。一発殴っていいか?」
...えーと、高ノ宮さん? その発言、少なくとも女子としての発言じゃないです
まぁたぶん、現代社会のストレスと悪意に脳が汚染されたんだろう。今度富士山の湧水でも飲ませてみるか。道端で売ってる心の浄化水ってやつ、案外役に立つかもしれん
「...あのな。そういう時は、小さく会釈でもいいから挨拶くらいしとけ。クラスの評判ガタ落ちになるぞ」
「あいつ顔が良いからってイキってんじゃね?加賀城さんに声かけられただけでもありがたいのに、マジ無理~」とかそこからの加賀城狙いの女子に言われる未来が目に浮かぶ
しばらくの沈黙の後、高ノ宮はそっぽを向きながら、しぶしぶと言った
「あ、あたし...高ノ宮雫です...よろしく」
...声ちっさ。上ずりすぎて、今まで聞いた中で一番儚い挨拶だった。あれがあの高ノ宮の本気か...なんかもう、俺の存在意義ってなんだろうな
一方、加賀城はにこりと笑って、その挨拶に返した
「こちらこそ、よろしくな!」
そう言って、高ノ宮の手をぎゅっと握る。いや、さすがに唐突すぎでは...?
その瞬間、握られていない方の彼女の手からポータブルゲームがぽとりと落ちる。あー...これは壊れてないといいな。保証期間内だとありがたいのだが
ちなみに、この「手をぎゅっと作戦」、過去にこれで落ちなかった女子はいないらしい。リア充都市伝説である
だが...俺が見た高ノ宮の表情は、照れではなく、青ざめていた
まさか...加賀城のぎゅっに耐性を持つ存在がこの世にいたとは...いや、違うな。これは単に、加賀城の光属性が強すぎて、闇属性との相性が悪すぎたってことだ。タイプ相性ってやつだ
俺は深く、心の中でため息をついた。で、結局...俺は何を見せられているんだろうかという結論にたどり着く
朝からカロリーの高すぎるイベントを目の当たりにしながら、俺はそう思うしかなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます