9-5 疎かにするほど愚かでは無い
路地の片隅に白いワンボックスカーが停まっていて、その内部には様々な通信器機類や膨大な数のディスプレイが詰め込められており、数名の男たちが切り替わる画面や音声を熱心に観察、記録し続けていた。
学校内外に執拗なまでに設置された隠しカメラや小型マイクの数々。
生徒や教師は勿論、駆除担当者たちの会話や行動の子細全てはこの瞬間も録音録画され続けている。
今のところ大きな変化は無かった。
だが今日明日が山場なのは間違いあるまいと、其処に居る全員が確信していた。
しかしその一番肝心な目標、女王の居場所が未だ判明しないのは少なからぬ懸案事項であった。
学校の敷地内に女王の座がある事だけは間違いない。
支配されたムシ憑きたちの行動半径の中心点だからだ。
だがどうしても部屋を特定出来なかった。
専門の駆除者三名を投入してどういうコトかと小首を捻る者は、現場の当事者ばかりではない。
むしろ全体を
「片桐一尉。何処に隠れているんでしょうかね、奴さん。もうあまり時間はないですよ。我々で助力出来ることはないのでしょうか」
側に立つ片桐に話し掛けるのは若い男だった。
「我々は専門職ではない。下手な手出しは逆に彼女たちの邪魔になる。
ただ、完全処理の下命だけは勘弁して欲しいものだがね」
たとい罪には問われないとはいえ、一見何の変哲もない少年少女達を
する方も受ける方も多大な苦痛だ。
実動隊として現場に直面する部隊員ならば
そしてその対象には「まだ間に合うかもしれない」者たちが多数含まれている。
女王の駆除か全員の拘束。
その
若いオペレータの男は、頼むぜと固唾を飲んだ。
正直言ってそんな任務はまっぴらだ。
確かに自分は観測専任の部員だが、丸腰の子供達の虐殺を記録観察するだなんて、どう考えたってPTSD(心的外傷後ストレス障害)ものだ。
実行員に至っては拒絶者すら出かねない。
一匹も逃がすわけにはいかない、その理屈は判る。
判るが納得できるというコトとは別問題だ。
そんな任務を請け負うくらいなら、全てを投げ出して路頭に迷う方が余程に楽というもの。
そして駆除者たちの成功を願うと同時に、別の懸念も浮かんでくるのである。
「それと、あの噂は本当なんでしょうか」
彼の正面にあるディスプレイには、いま、廊下を行く
「あの古株が既に弱体化して、廃棄寸前の状態ではないかという。彼女が現役であるのはその豊富な経験を買われてのことで、力量そのものは常人と大差ないのではないかと」
「不明瞭な発言は控えろ。観測者は観測結果の記録のみに専念。目の前の現実だけが全てだ。余計な先入観は事実を歪めるぞ」
それはほぼ教科書どおりの文言で、
しかしこの噂もだが、何故、公安の仕事を我らが観測しているのだろうな。
アレへの対処は警察の守備範囲であって俺たちじゃあない。
駆除担当者の強い弱いなんて話が、何故俺たちの話題になるのか。
まぁ間違いなくアソコからだろうな。
十中八、九、強化対応者シンパの連中、あの超人マニアの巣窟からだ。
あそこの連中が駆除者の一挙一動に神経を尖らせている事は、部局内の誰もが知っている。
特にそれが古株の駆除者達ともなれば尚更だ。
だから古参の一人が新参の地区担当者と争って膝を屈したというのは、割と派手な話となって流れた。
連中には相当な驚きだったらしい。
何しろこんな風評がアチコチにダダ漏れになるくらいだからだ。
強化対応者シンパ曰く「コレは例外中の例外。古参という名に幻惑されて、彼女の力量を過大に見誤っていた結果である」ということらしい。
彼女が自分達と変わらない力しか持たないのであるのなら、レベル4の
現状の開発成果で満足するのは軽率。
真の強者に対抗するためにも、レベル5以上への研究と開発は続行すべきである。
連中はそう主張する。
彼らは「真実」を知りたがっていた。
シンパの連中は戦々恐々としているらしい。
レベル4で充分と知れば予算の大幅な減額は避けられず、研究開発チームも縮小を余儀なくされる。
心穏やかでは居られまい。
気持ちは判らなくもないが、そもそも何故に駆除者を指標にしなければならないのか。
確かに我々はアレに対処する場合もあるが、基本的に国外からの脅威に備えるのが役目ではないのか。
目的をはき違えていないかと思った。
実際シンパの連中は、自分達の手で超人を作りたい、という子供じみた願望に取り
この騒動の根本は、「自分の欲望の達成と居場所が無くなるのが怖い」ただそれダケなのではなかろうか。
だとすれば何という幼稚さだろう。
でも世の中には、そんな下らない理由で騒ぐ連中が思いの他に多いような気がするのだ。
いっその事、この黒髪の子がアレ相手にバカ勝ちしてくれないものかね。
そうなれば「弱体化した」などという噂は霧散する。
事前にレポートには目を通したが、直近の実績を見ても到底衰えているとは思えなかった。
むしろ同僚よりも頭一つ抜きん出ている印象だった。
シンパの連中は何を見てものを言っているのかと、首を傾げたくなるのだ。
ヒトは願望が強くなればなるほど、現実が見えなくなって来るものだが、連中もそんな熱病にうなされている最中なのだろうか。
連中の先頭に、俺と一緒に行こう、同じ願いを持つ者同士みんなで集まって進んでいこうと、旗を振り、笛を吹く者が居るのかも知れない。
レベル4で充分となれば、湯水の《ごと》く予算を注入されている強化対応者の委員会、通称「超人製造組合」も縮小される。
そして浮いた予算は他の部所に回るだろう。
そうなれば、一部分だけでも我らの部所に巡ってくるのではないか。
そんな淡い期待も抱けるのではなかろうか。
俺はスーパーマンになるのも関わるのも、まっぴらゴメンだ。
日々アレに対処し続ける人生なんて考えたダケでぞっとする。
そんなものハリウッドやアニメ映画で充分だ。
しかし今回はこの目付きの悪いくせっ毛の彼女に、小さくない期待をかけてみたくなった。
頼むぜ、黒髪の子。
超人オタクどもに一泡吹かせてやってくれよ。
ディスプレイを眺めながら若い部所員は切に願った。
この子がコケたら間違いなく、外道な作戦が開催されることになるからだ。
チラリと盗み見た一尉殿は、ディスプレイを眺めながら時折小刻みなメモを取っていた。
実に仕事熱心である。
対象者の行動ログは自分達が全て記録しているというのに。
そもそも、何故この程度の現場観測に情報将校が出てくるのだろう。
確かに現状は自分達が専門とする分野ではない。
だがそれでも我々観測員とそのリーダーだけで充分なのではなかろうか。
そんな疑念疑問はあるが口にはしなかった。
些細な違和感で自分の勤めを疎かにするほど、彼は愚かではなかったからだ。
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