9-4 人選は誤りだったのではないか

 一組の少年少女にしか見えない駆除者二人が、教師の目の届かぬ場所で密会していた。


「確かにあの時は上手くいったよ。でも毎回同じ手段が通用するとも思えないけどねぇ」


 夏岡十里は胡乱うろんげに答えた。


「他に『良い手段』が無いのだから仕方がないでしょう。あたしらが見切りを付けたら、完全処理が実行されるダケよ」


 邑﨑むらさきキコカは断ずるように押し戻した。


「まぁその方が後腐れないけどね。今回はその筋の方もいらっしゃっているから、上手く取り入れば参加させてもらえるかもしれないし。普段では決して味わえない仕事の悦びに浸れるかも知れないし」


「・・・・」


「・・・・まぁ、冗談はさておき」


「本音だったでしょ」


「ノーコメントだね。キコカちゃんに殺されるのなら本望だけど、今此処いまここでというのは風情がなさ過ぎるよ」


 屈託の無い少年のような風貌の駆除者は、そう言ってにこやかに微笑みながら肩をすくめた。そして女王の痕跡がまるで見つからないと溜息をつくのだ。


「ムシきの何人かを終日追跡してみたけれど、一度たりとも女王の元に行かないんだよ。

 臭いの成分は一日で消えるから、その前に女王と直接接触しないと群れが維持できない筈。

 なのに全っ然、そんな気配微塵も無し。

 ムシ憑き同士、口移しで伝達している可能性も考えたんだけれどもそんな様子も無い。

 いったいどうやって統率してるんだろ。

 ひょっとするともうボクらじゃ手に余る状況なんじゃないかな」


 二限目の授業の最中に夏岡から呼び出されて校舎裏にまで来てみれば、まるで成果が上がらないと愚痴を聞かされた挙げ句、そんな悲観論を開陳された。


「あたしらの中じゃあアンタが一番鼻が利く。

 同様に敏感なデコピンにも手伝わせて居るけれど、ヤツは女王物質の現物を知らない。

 知らない臭いは追いようが無いから、ムシ憑きのマーキングや群れの拡大を邪魔するのが精一杯。

 あたしや蟹江も御同様。

 現状で女王を見つけられるのは、過去に駆逐経験のあるアンタだけなんだよ」


「それは判って居るんだけどさ。

 それに御同様っていっても、キコカちゃんは國子ちゃんと違って女王物質のサンプルは受け取っているじゃないか。

 探索能力が劣るといっても、ボクよりも嗅ぎ分けられる選別階層が少ないってダケで、根本的な違いは無いんだし。


 判るでしょ、アレの臭いってすごく微かで、しかもすぐ何かに紛れちゃって。

 判別が大変なんだよ」


「情けなく溜息つくな、みっともない。それに、あたしを呼び出したのは愚痴を言いたいからじゃないでしょう。何か提案があるんじゃない?」


「うん、そう。ムシは女王の臭いに惹かれるけれど、それだけでは命令を受け付けない。ご褒美が必要なのは知っているよね。そして女王だって食事は必要だ」


「まさか、あたしらが『餌』を用意しろとでも?」


「当たり」


「アンタの腕や脚でも充分代用出来るわよね?」


「待った待った。もう手遅れな子たちが居るよ。それも掃いて捨てる程」


「巣の中で事を起すつもり?そんなコトをしたら」


「そんな無謀なコトはしないよ。

 何匹か群れの支配域の外に連れ出せば良いのさ。


 警戒物質をまき散らされても察知されない場所でサクっとヤって、程よい大きさにしたあと巣にバラまく。

 餌はもう随分と目減りしているから、きっと喜んで集まってくるよ。

 最近は飢えた連中が多くて段々見境が無くなってきているしさ。


 女王も巣別れの準備に入っているせいなのか、統制に綻びが見え始めて居るし。

 群れ全体が浮き足立っている感じだよね。

 実はもう何人か声を掛けてるんだ。

 キコカちゃんがオッケーって言うのなら今晩にでもヤるよ」


「女王の部屋に持っていくとは限らないでしょ」


「確かに。でも、うだつの上がらない現状で時間を浪費するより、試す価値はあるかなと思って。狩りの現場を押さえるよりも成功率は高い気がするよ」


 キコカは口を紡ぎ、鼻腔からだけ静かに息を吐き出した。

 真冬の冷たい風が髪を揺らしていた。

 首元でセーラー服の襟が僅かにはためいていた。


 逡巡と躊躇ためらい、道義と実利、他者の感情やその他諸々の思惑が頭の中をゆらぎ、幾つものモノが掠めていった。


 だが然程さほど長い時間じゃあない。


「・・・・その子たちはもう完全に手遅れなのよね」


勿論もちろん


 最後に吐き出した吐息が白かった。

 朝からの曇天で天気はもう泣き出しそうだった。


「いいわ。上司に提案してみる。ちょっと待って」


 スマホを取り出すと通話ボタンを押した。

 話す前から提案は間違い無く通るだろうという確信はあった。

 あの上司は腹が黒い分頭も切れるし、躊躇ちゅうちょとも無縁の人物だからだ。


 そしてやはりその通りだった。


「許可が下りたわ。直ぐに準備に入って」


「了解」


 軽く返事をすると、夏岡はとても良い顔で笑った。




「なんでわたし抜きでそんなコト決めるのよ」


 夏岡と今夜からの方針を取り決めて蟹江に事後承諾を求めたら、キコカの思って居た通りの反応だった。


「だって反対するでしょ、あなた」


「当たり前じゃない。何でアレと似たようなやり口でわたしらが仕事しなきゃならないの。絶対イヤだからね。反対よ、反対」


「あたしと、そしてあなたの上司からも許可はもらったわ」


「え、いつの間に。ちょっと止めてよ。ナニ勝手に他人ひとの上司に根回ししているの」


「手遅れと判断されたムシ憑きに人権は無い。ムシに寄生されてゾンビ化したデク人形。生ける屍。あたしらと同じ屍体よ」


「助かるかもしれない状態かもしれない」


「寄生されて三日以内ならばね。

 でも二日で手遅れだった事例もあるし、胃袋の中で順応期間が終わってしまえば、内臓ごとゴッソリくり抜いてもまだ足らない。

 リンパ節を伝って全身に支配物質が循環を始めてしまうから。


 身体からムシを完全に摘出しても侵蝕性のタンパク質は脳細胞を侵し続け、やがて訪れるのは呼吸麻痺か、自我崩壊後の発狂死。

 痛覚が麻痺しているのが救いと言えば救いかしらね。


 知らないとは言わせないわよ」


「やるにしたって判別試験を終えた後よ」


「あんなもの只のお題目。

 相手を判別出来ない人間の、意味の無いスタンドプレーじゃない。

 陰性と判別された検体が試験者を襲った事例をお忘れ?

 あたしらの鼻の方がよっぽど信頼できる。

 試験の結果を待って居たら丸一日作業が遅れるわ。

 

 いまはもうグズグズしていられないのよ。

 早ければ今夜にでも巣別れが始まってしまうかもしれない。

 そうなってからでは手遅れ。


 いい加減建前にこだわるのはおよしなさい。

 無駄な被害者が増えるわよ。

 そんなに正義の味方を気取りたいの」


「邑﨑、あんた変わったわよね。新米の頃のわたしに『悪法も法』ってお説教したのは誰だったっけ」


「あたしは何も変わっちゃいないわ。

 新人にはまず真っ当なスタイルで仕事を教える。

 その後は仕事を積み重ね、経験と教訓に従って自分のやり方を自分で身に着ける。

 それダケ。

 あなたがあたしに意見できるようになったのは、成長した証だと思って居るわ」


「じゃあコレが本来のあなたなのね」


「別にルール違反をやっている訳じゃあない。現場から上司に提案をしてそれが承認された。あとはそれを実行に移すのみ。何の問題が?」


 苦り切った蟹江の表情と、ジロリと一瞥いちべつした後に俯いて「判ったわ」という返事が印象的だった。

 そして、今回の人選はいささか誤りだったのではないかと思った。

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