9-2 愚かな集団ではないと思いたい

「ヤツは二年のクラスと言っていたわね」


「四組だとか言ってたね」


 二日前、一足に先に男子生徒として此処ここに入り込んでいた同僚はすぐに見つかった。

 三限目が終わった休憩時間中に中庭でボンヤリと呆けていたからだ。


「やあキコカちゃんお久しぶり。それに蟹江國子ちゃんも。またちょっとキレイになったんじゃない?」


「出来れば二度と会いたくなかったケドね」


「あんたにキレイとか言われても鳥肌しか立たないわ。それに、此処ここでは蟹江先生って呼んでくれる?」


「二人とも相変わらず冷たいなぁ。でもソコがそそるんだけれどもね」


「夏岡十里、アンタの下らない感想なんてどうでもいい。ソレよりもざっと見てどんな塩梅あんばいなの」


「やっぱりボクの鼻でもムシきを嗅ぎ分けるのは難しいなぁ。ちょっとでも血が流れていれば判断つくんだけれど・・・・手当たり次第に全員刃物で突いてみるってのはどうかな。勿論もちろん死なない程度に」


「出来る訳ないでしょバカ」


「脳ミソ膿んでるじゃないの」


「まぁボクたち全員一度死んでいるから、既に膿んでいるって言えなくもないケドね」


「やかましい。無駄口を聞きに来たわけじゃない、続きを言え」


「キコカちゃんは相変わらずせっかちだなぁ。

 そうねぇ、おおよそだけど全体の半数、うーん恐らくだけど六割くらいはもうムシ憑きなんじゃないかな。

 教師にも一人憑いてたのが居たから、それは先に始末したよ。

 ああ、怒らないで。

 ボクの上司から許可はもらったんだよ。

 支配域からずっと離れた郊外から赴任していた教師で、その自宅でヤったから『女王』には知られていない。

 流石に巣の中で事を起こすほどボクも迂闊うかつじゃないよ。

 女王の居場所?それはまだだなぁ。

 うん、それらしい所はしらみつぶしに探しているんだけれどもね」


「女王が居るのはやはり確定なのね」


「間違いないと思う。単純に状況が良くて複数のムシが一斉に繁殖した、というには余りにも統制が取れすぎてる。共食いなんて微塵も見当たらないし、バッティングもない。産卵周期もやたらと短いからね。事前予測通りで良いと思うよ」


「そう。しかし六割か」


「それよりも少ないという可能性は?」


「あまり期待しない方がいいんじゃないかな。ヘタをすれば・・・・」


「ヘタすれば、すでに巣分れが始まっているかも知れない。もう此処ここは餌場として限界だわ」


「モタモタしてられないわね。嗚呼もう、自衛官がどうのってのがウザいわ」


「え、なにソレ」


「ああ、あんたも聞いてないんだ。防衛省から一人来るそうよ。観戦武官のつもりかもね」


「えぇマジで?・・・・ひょっとして、此処を試験場にするつもりかなぁ」


「どういう意味よ」


「ちょっと前にキコカちゃんが強化対応者に負けたって話が流れたでしょ?

 アレは割とセンセーショナルでさ。

 防衛省の方でも軍用の強化対応者を作っているっていうのは知っているよね。

 ソレで『レベル4で充分だ』という派と『将来を見据えてレベル7まで』という派とでかなりモメてるんだって」


「なに、邑﨑むらさき!あなた地区の担当者に負けたの?」


「あ、國子ちゃん知らなかったんだ」


「蟹江先生って呼びなさい」


「蟹江、割り込むな。話が進まん。夏岡、ソレで?」


「うん。ムシのコロニーの対応調査なら普通は公安の所轄。防衛省が出張ってくる必要は無いし、『完全処理』の指示が出たならボクらには撤収命令が出ているはず。出てないよね?」


「出てないわ。先程も確認したばかりだし」


「ボクもうちの上司から聞いた話でしかないけれど、防衛省内部で『現状での駆除者の実力を今一度確認する必要がある』って話が持ち上がっているらしいよ」


「阿呆か」


「バッカじゃないの」


「だよね~ボクもそう思うよ。比べる相手が違うだろって感じで。

 比較するなら仮想敵国の方だろうって。

 実際嘘くせぇと思って居たけれど、今のキコカちゃんの話を聞いて、『でも脳筋なヤツは何処どこにでも居るよな』って考え直したんだ。

 根回しも何もなくこんな割り込みなんてどう考えてもオカシイし、キコカちゃんが派遣されると決まったのはつい先日の事だし、その防衛省の職員が『邑﨑さんの実力を今一度確かめたい』とか言い出してもおかしくない気がしてきたよ」


「・・・・」


 意味が分らないと思った。


 自分があんな三文芝居を演じたのは、地域で過剰な装備を施してもコストと効果の面でマイナスでしかない、そう判断した上司の思惑に納得し、同調したからだ。

 アレの被害を効率よく押さえ込むには、既存の担当者の数を増やす方が良い。

 そちらの方が現実的だと思ったからだ。


 だが何故ソコに防衛省が絡んでくるのか。


「邑﨑?」


「キコカちゃん?」


「下らなさすぎて目眩がするわ」


 もしソレが本当に本当だったら、防衛省の連中はどんな時でも自分のイチモツが一番じゃないと気が済まないカスの寄せ集めって事になる。

 この、のっぴきならない状況を単純な害獣駆除程度にしか考えていないのか、あるいはまったく理解出来てないのか。

 よもやまさか此処でタイマン勝負などを申し入れて来やしまいな。


 願わくばソコまで愚かな集団ではないと思いたい。


 かなり重めで無気力な溜息をついていると、授業はとっくに始まって居るぞ、早く自分のクラスに戻れという怒声が聞えた。

 見れば一階の教室の窓から、見事な禿頭の教師が目を吊り上げて喚いている。

 一見教師の蟹江が居るのに随分と我の強い教師だ。


 夏岡は教室に戻るふりをして探索の続きに入り、蟹江は職員室に帰るふりをしてやはり別方向に進み、キコカは素知らぬ顔で購買部に向った。


 招かれざる来客のせいで、恐らく昼休みには食事を取れないであろうと思ったからだ。

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