えげつない夜のために 第九話 笛を吹くもの

九木十郎

9-1 胡散臭さしかない

 そこは古びた校舎をもつ何気なにげない公立高校だった。


 建つのは大通りから少し外れた町の一角。

 相応の喧噪からも程よく離れ、周囲には公園や住宅地があり立地条件は悪くない。

 適度に姦しい数多の生徒を中に納め、同様に日々の就学カリキュラムに邁進まいしんする教師たちも抱え込んでいた。


 学校の回りにあった街路樹の葉はもう殆どが落ち、寂しげに尖った枝が晴れ間のない鉛色の空に突き出していた。

 その有様はまるで両手を拡げて周囲に何かを訴えているかのようにも見える。


 見る者の心情によって受け取り方は様々だが、現在この学校で起きている出来事を知る者には、あまり愉快な風景には思えなかった。


 風が妙に冷たかった。


 時刻はもう一〇時を回った頃合いだろうか。

 校門には二つの人影があった。


 一つは髪をショートに刈り揃えた二十代後半と思しきスーツ姿の女性。


 一つは学校指定の制服に身を固めた生徒と思しき黒いくせっ毛の少女だった。

 その黒髪は風にもてあそばれてまるで踊るつたのような有様だった。


「よくもまあココまで増えたものね。此処ここに居て分るなんて相当よ」


「確かに。こんな大きなコロニーは久方ぶり」


 スーツの女性が呆れたように呟き、くせっ毛の少女がヤレヤレといった風情でそれに応えた。

 そして「此処ここまで悪化させてから仕事振りやがって」と苦虫を噛みつぶすのだ。

 しかも手付け中の仕事を中断させて、急遽派遣するなどという半端な対応。

 二重に腹が立った。

 臭いが漂ってきているわけでは無い。

 うごめきざわめく、一塊になった人為らざるモノの息吹とえば一番近かった。


 一匹の蟻に気付かなくとも列を為せばそれと知るように。

 波間の小魚を見落としても魚群は見逃さぬように。

 生き物は孤立しているよりも群れた時の方がよく目につく。

 そういうコトだ。


「久方?随分と控えめな表現ですこと。レポートだとこれ程の規模は二二年ぶりだそうよ。ふた昔は前の話、わたしがまだ幼気な中学生だった頃よ?」


「あたしにとっちゃ二年が二〇年でも似たようなものだわ」


 肩をすくめめる彼女を置いて少女が勝手に歩き始めると、スーツの女性も慌てたように後を追った。


「この前の後始末はありがとう。助かった」


「気にしなくて良いわ、簡単にケリがついたし。でも二度とゴメンだけれどもね」


「悪かったわよ。三匹を同時に相手にして、もう一匹に気付くのが遅れたの」


「根本的に手抜かりよね。二匹目を見つけた時点で応援を頼むべきだったでしょう。ムシきはヒト喰らいよりも脆弱だけど、取り逃がすと容易く見つけられないのだから」


「いけると思ったのよ。あなたも昔はよく、二、三匹同時に相手をしていたんでしょう?あなたの上役に聞いたわ」


「いまあの男の話は止めて、ムカつく。

 それにいったい何時の話?担当区間外での連携規定も出来ていなかった頃の話だわ。それにあたしには相棒が居るけれど、あなたは一人。複数同時に相手をすればどうしたって隙が出来る」


 黒いくせっ毛の少女はスーツ姿の女性に向けてたしなめる口調で言葉を重ねた。


 過剰な業務を達成してしまったらそれが日常的に可能と判断されて、出来て当然のノルマだと勘違いされる。

 自分の首を締めるダケだ。

 そして周囲にもそれが期待されるようになるから恨まれるようにもなる。


「良いコトなんて何もないのだから、欲の皮を突っ張らかすのは止めてくれない?」


「でもね邑﨑むらさき、あなたの武勇伝を聞いていると血が騒ぐのよ」


「止めてと言ってる」


 来賓用の入り口から校舎の中に入ると校長が一人で出迎えた。

 憔悴しょうすいした面持ちで「ようこそ」と深々と頭を垂れた。

 校長室の中に迎え入れられると「早速ですが」と切り出しのは邑﨑キコカだった。


「昨日までの状況は報告を受けました。現状も同様と考えて宜しいのでしょうか」


「はい。ですが何故普段通りに授業を続けなければ為らないのでしょう。むしろ被害を受けていない生徒を自宅待機として、これ以上拡大させないよう対処するのが筋だと考えますが」


「その件に関しては何度も説明が成された筈です。可能な限りこの区域のみに止めたい、隔離しておきたいのですよ」


 校長室のテーブルを挟んで対峙したキコカは「良いですか」と念を押した。


 コチラが準備出来る前に何らかの行動を起こしてしまえば、ソレと察知されて連中はてんでんバラバラに逃げ散ってしまう。

 そうなったら手に負えない。

 駆逐作業の規模や範囲は一〇、二〇倍に膨れ上がってしまう。

 大がかりな組織的作業となれば社会的な動揺にもつながる。

 その方が余程に厄介なのだ。


 そう語った。


「そして普通の者には、被害を受けた者とそうでない者との見分けが付かない。ソコがもっとも頭の痛い部分なのです」


「被害を及ぼすモノと無事な生徒を一緒にするのですか。大勢を生かすため少数を見殺しですか」


「被害を受けても、早期に対処すれば助かる者も居ます」


「まさか、まさか生徒全員、一緒に処理するなどとはおっしゃらないでしょうね」


 青ざめた顔色の校長が震え声で詰問する。

 だが震え声とは裏腹に眼差しには力がった。

 声は小さかったが、そのような判断など決して容認出来ぬという気概が感ぜられた。


 鬼気迫ると言い換えてもいい。


「そうさせない為に我々が来ました。完全な処理と判断されれば来るのは我らではなく、防衛省の者です」


「実は、今朝方になってわたしの所に連絡がありました。防衛省から、事態掌握の為の人員を派遣するとのことです」


 キコカは隣に座るショートカットの女性に目配せを送ったが、彼女もまた驚きを隠せないまま小さく首を振るだけだった。


「初耳ですね。それでその人物はいま何処どこに?」


「正午辺りに此処ここへ来訪とのことです」


 ご同席願えますか、と言われて承諾し、その他にいくつかの詳細を説明されてから、「作業に入ります」と一礼をして部屋を出た。


「どういうコトなのかしら」


「まったく胡散うさん臭さしかないわ」


 キコカは歩きながらスマホのアドレス帳を開いた。

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