愛染橋

菊池昭仁

第1話

 私は取引先との商談を終え、頑張った自分へのささやかな褒美として、『紫苑シオン』というカフェレストランへ立ち寄った。

 やや薄暗い店内、私は入り口のマガジンラックから週刊誌を取り、窓際の席に座った。


 ウエイトレスがお冷とおしぼり、そしてメニューを携えてやって来た。


 「いらっしゃいませ、お決まりになりましたらお呼び下さい」

 「アイスコーヒーとサンドイッチをお願いします」

 「かしこまりました。お飲み物は最初にお持ちしてもよろしいですか?」

 「一緒で」

 「承知いたしました」


 私は週刊誌から目を離し、彼女を見た瞬間、心臓が止まりそうになった。

 その女は3年前に別れた、小夜子とそっくりだったからだ。


 (小夜子・・・)


 私はメニューを持ち帰るそのウエイトレスを目で追った。

 縊れたウエスト、すらりと伸びた長い脚、そしてその女は同じように髪をポニーテールにまとめていた。

 カウンターで店長らしき男と談笑している横顔、すべてが小夜子とそっくりだった。


 当時、小夜子は元カレから復縁を迫られていた。


 「ねえ、私どうしたらいいと思う?」

 「それはお前が決めることだろう?」


 確かに私はそう言った。

 「どうすればいい?」のその言葉の裏には、「彼とやり直したい」という気持ちが隠されていたからだ。

 そして私の予想通り、小夜子は私の元を去った。

 私は大切な女を失ってしまった。


 そして3年が過ぎた今、また目の前に小夜子が現れたのだ。

 私はまるで怪しいストーカーのように彼女を見ていた。



 サンドイッチとアイスコーヒーをトレイに乗せ、その女はやって来た。


 「お待ちどう様でした」


 私は驚いたように彼女を見詰めた。


 「何か?」

 「すみません、あまりにも知り合いの女性に似ていたもので」

 「あらそうでしたか? よくある顔ですからね? うふっ」

 「いえ、とても綺麗です、あなたも」


 私はつい 「あなたも」と言ってしまった。 


 「ありがとうございます。お近くなんですか? 会社とか?」

 「ええ、ここから歩いて5分くらいのところに会社があります」

 「そうですか? またいらして下さいね?」


 そう言って笑うと彼女は去って行った。

 ハムサンドとほろ苦いアイスコーヒー。

 それは私の切ない恋の始まりだった。


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愛染橋 菊池昭仁 @landfall0810

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