#33『Side Rion』

 ……お兄ちゃんは、私の自慢だった。

 カッコ良くて、頭も良くて……みんなの人気者だった。

 それなのに、いつしかお兄ちゃんは自分の殻に引き篭もるようになった。

 すべては、ある出来事がきっかけで――。


◇◇◇◇


 ――来栖グループ。

 それは、出版、映像、音楽……あらゆるエンターテイメント産業を実質的に支配する巨大グループ企業。

 その大部分が創業者一族によって運営されていて……私たちの家もその来栖一族のうちのひとつだった。

 でも私たちの家は、一族の中でもかなりの遠縁で……企業の運営にはほとんど関われておらず、ずいぶんと肩身が狭い思いをしていた。

 考えてみれば、両親は本家の人間に対してかなりの劣等感を抱いていたのだろう。

 幼い私たちには、そんなことを知る由も無かったけど。


 でもある日、そんな私たちに転機が訪れた。

 本家の人間には、子供が産まれなくて……後継者が必要ということになったのだ。

 そしていくつかの分家から、子供たちが後継者候補として選ばれた。

 そのうちの1人が、うちのお兄ちゃんだったのだ。


 本来であれば、私たちの家は一族の中でも立場が低く、後継者が選ばれる家などではなかった。

 でもその当時のお兄ちゃんは、成績優秀でスポーツでも優秀な成績を収めていたから……おそらくその情報が、本家の耳にも入ったのだろう。

 もちろん、私たちの両親は大いに喜んだ。何せ、一族の中でも低いカーストの中で、ずっと虐げられた日々を送ってきたのだ。それが、上手くいけば一族の中枢に入り込めるかもしれない。期待しないはずがなかった。


 それ以来、両親からのお兄ちゃんへの圧が強まった。お兄ちゃんは一切自由がなくなるくらいに、徹底的に両親に監視された。

 それでもお兄ちゃんは両親の期待に応えるために、ひたすらに自分を追い込んで頑張った。

 あと一歩でも間違えれば、壊れてしまいそうなくらいに。


 そしてそんな日々が1年以上続いたある日、ついに本家が後継者を選出することになった。

 だけど結局……選ばれたのは、お兄ちゃんではなかった。


 少し考えれば分かることだった。

 いくらお兄ちゃんが優秀だったといっても、所詮は遠縁の分家だ。そんなところから、次の後継者が選出されるはずがなかった。

 つまり、お兄ちゃんは他の候補者を奮い立たせるための――ただの当て馬に過ぎなかったのだ。


 その知らせが私たちのもとに届いた時、お兄ちゃんは私にこう言った。


『ごめんな、莉音……兄ちゃん、ダメだったよ』


 その痛々しく笑う姿が、私は今でも忘れられない。


 それ以来、両親は急激にお兄ちゃんへの興味を無くしていった。いや、むしろ憎悪のようなものすら芽生えていたのかもしれない。

 負け犬の烙印を押されたお兄ちゃんのことが、どうしても許せなかったのだろう。自らの無能さを証明してしまったかのようで……。


 両親は、自身の所有するマンションの一室にを押し込めて、お兄ちゃんを遠ざけるようになった。

 部屋だけを与えて、今までと打って変わって無干渉――それどころか、お兄ちゃんのことを始めから存在していなかったかのように扱い始めた。

 

 そしてそんな環境の中で……いつしかお兄ちゃんは壊れてしまっていた。


 お兄ちゃんは努力することをやめ、他人と関わることをやめ……部屋に引き篭もるようになった。

 それは今までのお兄ちゃんとは全くの別人で……その変わりようを目の当たりにしていた私は、それが悲しかった。


 だから、私は毎日お兄ちゃんの部屋に通うことにした。

 両親に止められようと。お兄ちゃんに拒絶されようと。

 これ以上お兄ちゃんを独りにしてしまえば、いつ自ら命を絶ってしまってもおかしくなかったから。


 お兄ちゃんは最初、私にも拒絶反応を示していたが、めげずに通い詰める私に折れたのか、次第に心を開いてくれるようになった。

 でも、私以外の人間には、相変わらず心を閉ざしたままで……。


 そんな時、私は思ったのだ。

 現実では心を閉ざしたままでも、ネット上でなら、昔のお兄ちゃんを取り戻せるかも……。

 そして私が目をつけたのが、『Vtuber』という存在だった。


 素顔を隠せるVtuberならば、お兄ちゃんの心の負担も少ないだろう。


 でも、同時に……私は心のどこかで期待していたのだ。

 お兄ちゃんならば……以前のお兄ちゃんがそうであったのと同じように、Vtuberとしても人気者になれるかもしれないと――。

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