#32『バーチャル美少女、再会する』

「――莉音、こんなところで何をやってるのです?」


 莉音に詰め寄る女性を前に、俺は独り言のように呟く。


「母さん――」


 俺と莉音の母親。

 そして、今俺が最も会いたくなかった人物。


「え……お母さん……?」


 美玖が驚いたように俺の言葉を繰り返す。


「あの人が……2人のお母さんなの……?」


 俺はその問いに対する答えを持ち合わせていなかった。

 だってあの人はきっと、俺のことを我が子だとは認めないだろうから。

 それは俺が美少女に受肉したからとか、そういうことではなく……もっと根本的な問題だった。


 莉音は母さんの威圧的な言葉に、ひるみながらも答えた。


「えっと、友達と遊びに……」


「そうですか」


 母さんは美玖、円華さん――そして俺を順番に見回す。


「……あなたの交友関係にとやかく言うつもりはありませんが、もっと友達は選んだ方が良いですよ」

 

「……はい」


 莉音は何も言い返せなかった。

 ここで何かを言ったところで、何一つ変わることがないことを、莉音は知っていたから。

 俺たちの母親は、そういう人間だったから。


「ところで、貴女が向かおうとしている方向ですが」


「……っ!」


「まさかとは思いますが、『あれ』のマンションに向かってるのではないでしょうね?」


 母さんの言い放った『あれ』という言葉。

 それが何を意味しているのかは、俺も莉音もすぐに分かった。


「あ、あの……それは……」


「言ったはずでしょう、莉音。『あれ』のところには近づくなと。『あれ』には2度と関わるなと。『あれ』とは違って、貴女にはまだ将来があるのですから」


「……」


 莉音は母さんの言葉に、口を閉ざしていた。

 そんな莉音の反応を見て、俺は気付いてしまう。

 最近色々なことがあって、何かが変わった気がしていたけれど……でも結局は、根っこの部分では何も変わっていなかったってことを。


「では……私は先に帰っていますので、莉音も遅くならないうちに帰ってくるように。分かりましたね?」


「はい、お母さん……」


 そして母さんは去っていく。

 その場にどんよりとした重たい空気だけを残して。


「えっと、今のは……?」


 美玖が困惑した表情で俺のことを見つめる。

 だけど俺は、美玖に何一つ言葉をかけることが出来なかった。


 結局俺は、どこまでいっても……必要とされていない人間なのだ。

 そんな現実を、突きつけられたような気がした。


「……っ!!」


 気付けば俺は、一人駆け出していた。


「あ、ちょっと――」


「結月ちゃん――!?」


 走り続けた。

 円華さんや、美玖の制止を振り切って。


 行く場所に当てなんてなかった。

 でも、これ以上この場所にいると……俺自身が壊れてしまいそうだったから――。


◇◇◇◇


 結月が突然走り出し――その場に取り残されたのは3人だけ。

 美玖は結月が走り去った方向を、ただじっと見つめていた。

 

 ――結月ちゃん、一体どうしたのだろう……?


「はは……マズったなぁ……」


 莉音は青ざめた表情で、乾いた笑いを漏らしていた。


「お母さん、こっちのほうには来ないと思ってたのになぁ……」


 先ほどの女性……。

 莉音の発言……そして、結月のあの反応を見ていれば、美玖にも何となく、その正体を察することが出来た。


「あの人は……2人の母親なの?」


 その問いに、莉音は無言で頷く。


 でも……だとしたらおかしい。

 あの女性は、結月のことを一切顧みていなかった。

 そして、最後の結月のあの反応……。


「ねえ、莉音ちゃん。結月ちゃんとお母さんに、何かあったの?」


 莉音は、なんとも言えない曖昧な顔をした。そして、ぽつりぽつりと語り始める。


「――来栖グループって、知ってますか?」


 莉音の口から出てきた言葉は、美玖の想像していなかったものだった。

 来栖という名前……。

 聞いたことはある。

 確か、エンターテイメント産業の約半分を牛耳っている巨大グループ企業――その創業者一族の名前だ。

 でも、なんでいきなりそんな名前を――?


 すると莉音が、躊躇いつつもこう言った。


「……私とお姉ちゃんは、その来栖家の分家の人間なんです」


「え……?」


 ――分家?

 ということは、結月ちゃんも……来栖一族のひとり?

 でも、それならあのお母さんの言動は――。


 莉音は美玖と円華の2人に向かって、ゆっくりと述べた。


「こうなってしまったからには、もう隠しておいても仕方がないですね。……お2人にお話しします――私たちの家のこと。そして、お姉ちゃんのことを――」

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