#29『バーチャル美少女、パフェを食べる』
ステラノーツの事務所を後にした俺たちは、帰り際に近くにあったカフェに立ち寄っていた。
「うわー……すごいオシャレな場所だな……」
俺は莉音について来ただけなので全然知らなかったのだが、どうやら有名な店らしく、周りの席も女性たちで賑わっていた。
「ネット上でちょっと前に話題になってさ。ずっと気になってだんだよね。たまたま近くまで来たんだし、ちょうど良いと思って」
さすが莉音……。
現役の女子高生なだけあって、そういうのに詳しいなぁ……。
やがて店員さんがメニュー表を持ってくる。そのメニュー表には、見るだけで口の中が甘くなりそうな文字が踊っていた。
「ねぇ、莉音! これ、マジでどれでも好きなの選んでいいの?」
「うん。こういう時くらい、パーっと派手にやらないとね」
祝勝会ということで、莉音がどれでも好きなメニューを奢ってくると言い出したのだ。
いつになく太っ腹で莉音らしくもないが、そういうことなら俺もお言葉に甘えよう。
実の妹ということで遠慮する必要も全くないので、俺は数あるメニューの中から、いちばん目立っているパフェを指差す。
「俺これ! これ食べたい!」
それを見た莉音は、すぐに眉を寄せる。
「えぇー、それ?」
「なんだよ。ダメなのか?」
「いやダメじゃないけどさ。それネットで紹介されてたから知ってるけど、かなりおっきいよ? 全部食べ切れるの?」
「絶対に食べれる! 俺を誰だと思ってるんだ?」
「ハイハイ、分かりました。まったくその根拠の無い自信はいったいどこからくるのやら……」
莉音から無事に許可を貰ったので、早速そのパフェを注文すると、数分後に店員さんがそれを俺たちのテーブルに運んできた。
が……。
「お待たせいたしました。スペシャルグランドチョコレートパフェDXでございます」
は……?
「何これ……」
俺の目の前に置かれたそれは。
俺の頭が余裕ですっぽり埋まるくらいの、超巨大パフェだった。
「ちょっとデカすぎね……?」
「だから言ったじゃん。おっきいけど全部食べ切れるのって」
「いや、それにしたって大き過ぎじゃん。1人で食べるのは無理なレベルだろ」
「たぶん……友達とか、恋人とシェアする前提のメニューなんじゃないかな」
おい。
それを分かってたのなら早く言え。
えぇ……俺、今からこれ食べるの……?
「まったく……しょうがないお姉ちゃんだなぁ……」
莉音はこれ見よがしに服の袖を捲り上げた。
そういえば、莉音のほうはドリンクメニューしか頼んでない。
「ほら、私も食べるの手伝ってあげるから。頑張ろう?」
さては莉音のやつ、こうなることを予想してやがったな。
だが……。
「すみません、莉音様。恩に着ます」
今の俺は、莉音の助け船に縋るしかないのだった。
◇◇◇◇
「ふぅ……食った食った……」
店を出た俺は、許容量を超えたパフェを詰め込んだ腹を摩りながら、息を漏らした。
しかし、あの量のパフェ……良く食えたな。我ながら大したもんだ。
「あのパフェ……なかなか強敵だったね……」
手伝ってくれた莉音のほうも、息は絶え絶えだ。
「とんだ祝勝会だったな……」
「ホント、まったくだよ……」
でも。
今更になって、実感がひしひしと湧いてくる。
「……俺、マジでやり遂げたんだな」
「一時期はどうなるかと思ったけどね……でも」
莉音は照れくさそうに、俺にこう言った。
「お姉ちゃんのこと、久々にカッコいいと思った」
「……そっか」
莉音は昔の俺と、今の俺を重ねているのだろうか。
残念ながら、そんな莉音の思いに、今の俺は応えられそうもない。
だが、その言葉は、素直に嬉しかった。
「お疲れ様、お姉ちゃん」
ああ。
お前は俺のこと、ずっと見ていてくれていたんだなって。
「ありがとう、莉音」
だから俺は、俺らしくもない……そんな言葉を口にしていたのだった。
「……ところでさ、お姉ちゃん」
ふと、莉音が思い出したように俺に問いかける。
「さっきの誘い、断っても良かったの?」
誘いっていうのは、ステラノーツの社長さんから提案された話か。
確かに、悪い話ではなかったのだが……。
「事務所に所属すれば、きっと色々なサポートを受けられるだろうし、チャンネル登録者数だって、今よりも伸びるかもしれないのに――」
「――そこだよ、俺が引っかかるのは」
「え?」
「俺はこれ以上、登録者数増やしたくないんだよ。50万人のリスナーを大事にしていきたいの」
これ以上増えたところで、面倒が増えるだけだからな。
「お姉ちゃん……」
莉音は俺の答えを聞いて、深いため息を吐く。
「ちょっと見直したと思ったらこれだよ……」
「なんだよ、悪いってのか?」
「ううん。そのほうが……お姉ちゃんらしいのかもしれないし」
「良く分かってんじゃん」
まぁ、でも……美玖と同じ事務所ってのは、確かに惹かれるものもあったが。
結局のところ、俺は俺だ。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「ほっぺにクリーム付いてるよ?」
「何っ! どのへんだ!?」
俺は必死になって頬を拭う。
すると莉音はイタズラっぽい笑みを浮かべながら、
「うーそ!」
――相変わらずうざい奴だが。
しかし、今日見せたこいつの笑みは――ここ最近でいちばん楽しそうだった。
◇◇◇◇
応接室から姉妹ふたりが出ていったのを見届けて、ステラノーツ社長――花菱玲子は独りごちる。
「振られてしまいましたか……」
不知火結月の答えは、即答でノーだった。
まさか断られると思っても見なかった花菱は、その答えに一瞬面食らったが……しかし彼女はそんな結月に、不思議と悪い気はしていなかった。
結月が個人勢のままでも、更に飛躍し、人気を獲得してゆく――そんなビジョンが浮かんだからだ。
そして、彼女はそんな結月の姿を思い浮かべながら、ひとり呟くのだった。
「この業界にいる限り、また再び相まみえることもあるでしょう。その時を、楽しみにしていますよ――不知火結月さん」
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