#28『バーチャル美少女、謝罪される』

 ステラノーツの社長……。

 そんな人が、俺なんかに何の用が……?


 俺たちが社長さんの言葉を戦々恐々としながらまっていると、やがて彼女はゆっくりと口を開いた。


「――話は色々聞いていますよ。うちの社員の氷川と色々とあったそうですね」


 やっぱりそのことか……!

 俺は考えるよりも先に、勝手に身体が動いていた。

 社長さんに向かって、深々と頭を下げる。


「こ、この度はっ! 御社の社員様のお手を煩わせてしまい、た、大変申し訳ございませんでしたぁっ!!」


「ち、ちょっとお姉ちゃん……」


 黙ってろ莉音。

 こういう時は、すぐに負けを認めて謝罪した方が丸く済むものなのだ。

 ……決して怖気付いた訳ではないぞ。


 しかし、そんな俺の渾身の謝罪を……社長さんは微笑ましそうな目で見守っていた。

 そして俺に向かって告げる。


「顔を上げてください、不知火さん。私は別に、貴女の謝罪を聞きたくてここに呼んだ訳ではないのです」


 え……? どういうこと……?

 俺は社長さんに従うまま、顔を持ち上げる。

 すると社長さんは俺が顔を完全に上げ切ったのを見届けてから、言葉を続けた。


「むしろ、謝罪をさせていただきたいのはこちら側なのです。今回は我が社の社員が失礼なことをお詫び致します。申し訳ございませんでした」


 そう言って、今度は社長さんが頭を下げる。

 って、え? ちょっ……。


「あ、頭上げてください……!」


 こんなガキ2人が大人の女性に頭を下げさせてるって……いくらなんでも見栄えが悪すぎるって……!


 しかし社長さんはそんな俺の制止を意に解することなく、たっぷりとお辞儀を続けたあと、こう言った。


「氷川のことはご安心ください。今はすでに瑠璃川ラピスの担当マネージャーからは外して、たっぷりとお灸を据えさせていただきましたので」


「はぁ……」


 あのマネージャー、知らないうちにそんなことになってたのか。

 自業自得とは言え、そう聞くとなんだか悪いことをした気になるな……。


 でも、そうなると。

 俺と氷川の勝負は、どうなるのだろう……?


 俺がそんな疑問を浮かべていると、社長さんはそれに答えるかのように言った。


「ですので、氷川と勝負をしていたようですが……それを、不問にさせて欲しいのです」


「……!」


 俺は驚きのあまり、莉音と互いに顔を見合わせる。

 不問にさせて欲しいって……それってつまり、今回の勝負は無効ってことか……?


 それは、俺たちからすれば願ってもない話だけど……。


 けど――。

 俺は、社長さんにこう返事をした。


「申し訳ないですけど……それは出来ないです」


「お姉ちゃん……!? なんで……!?」


 驚く莉音。だがそれとは対照的に、社長さんは俺の答えをある程度予想していたかのような、余裕の満ちた表情をしていた。


「それは、どうしてかしら?」


 社長さんの提案は、俺たちにとってはメリットしかないものだ。

 だけど。

 だからこそ。


「……俺は、本気で氷川の勝負に乗って、この1ヶ月間死ぬ気で頑張ってきたんです。なのに……いざ負けるってなった時だけ勝負を無かったことにするなんて、虫が良すぎるじゃないですか」


「だから、素直に負けを認めると?」


 俺は社長さんの問いに頷いた。

 このまま不問にしてもらったところで、きっと俺は、自分の中でこの負けを無かったことには出来ないだろうから。


 社長さんは穏やかな顔で頷きつつ、


「そうですか。それでは、仕方がないですね――」


 ――そう言ったところで、社長さんのスマホが鳴り出した。


「――失礼」


 彼女は俺たちに小さく詫びを入れてから、その電話を取る。


「はい、花菱です。――なるほど、そうですか。報告ご苦労様でした」


 そして通話を終えた彼女は、再度俺たちの方に向き直り、そして告げた。


「――不知火さん。どうやら貴女の決意は、ただの杞憂に終わったようですよ?」


 ……は?

 それって、どういう意味……?


「一体、なんのことですか……?」 


 すると社長さんはにこりと笑う。


「貴女のチャンネルをご覧になって見てください」


「え?」


 俺は急いで、スマホに自分のチャンネルを映し出す。

 そして、そこに表示されていたのは。


 チャンネル登録者数――50万人。


 いや……よく見ると、今この瞬間も増え続けている。

 これは……。


「どういうことだ……?」


「――不知火さん。貴女は、marmeloというイラストレーターをご存知ですか?」


「え? まあ、はい。知ってますけど……」


 marmelo。それは円華さんのペンネームだ。

 

「どうやら、そのmarmeloという方が、Xのほうで何かをされたようですよ」


 円華さんが……?

 社長さんの言葉に従い、Xのmarmeloのアカウントページを開く。


 見ると円華さんは、あるポストを投稿していた。


『瑠璃川ラピスと不知火結月』


 投稿された文章は、たったそれだけ。

 だけど。

 それと一緒に、ある1枚のイラストも投稿されていた。


「これって――」


 円華さんによって投稿されたイラスト、それは――。


 瑠璃川ラピスと不知火結月が――笑顔で手を取り合っているイラストだった。


 そしてそのイラストは、描いたのが瑠璃川ラピスの担当絵師ママということもあって、現在進行形で鬼バズりしていた。

 そうか。

 このイラストのお陰で登録者数が――。

 

「――私たちの負けのようですね」


 不意に社長さんが、そう呟いた。


「え……?」


「氷川が勝手に決めた勝負とはいえ……社員の責任は、社長である私の責任でもあります。ですから……私の負けです」


「で、でも……」


「それに、貴女の言葉を借りるなら……ここで勝負を取り消すのは、虫が良すぎるでしょう?」


 そして、社長さんは言った。


「不知火さん。約束通り――貴女と瑠璃川ラピスのコラボを認めましょう――」


 ――こうして、俺の1ヶ月に渡る戦いは、予想外の形で幕を閉じたのだった。


◇◇◇◇


 ――ところが、この件はそれだけで終わりでは無かった。

 それは俺たちがその部屋を離れる、帰り際のことだった。


「不知火さん、最後に……ひとつよろしいですか?」


 社長さんに、急に呼び止められる。


「……はい?」


「これはひとつ、私からの提案なのですが……」


 そして社長さんは、俺にとんでもないことを言い放ったのだった。


「不知火さん……貴女は、うちの事務所に所属する気はありませんか――?」


 ……ん?

 えっ……――?

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