#27『バーチャル美少女、不貞腐れる』

 約束の日、当日。

 登録者数――49万人。

 それは、俺が氷川との勝負に敗北したことを意味していた。


 負けた……?

 ここまで頑張ってきたのに……?


 その事実を認めた瞬間。

 俺の中の張り詰めた糸が、プツリと切れたような気がした。


 ああ……。

 結局ダメだったか。

 でも、よく考えたら……俺にそこまで頑張る理由なんてあったか?

 負ければ、瑠璃川ラピスとのコラボも出来ないだけじゃなく、美玖と自由に会うことすらも出来なくなる。

 でもそれって……元のコミュ障の俺に戻るだけじゃないのか?


 周りに誰もいなくて……1人きりの俺に。


 そう考えると、もう全てがどうでも良くなっていた。


「ああ、もう……ヤメだ! ヤメ!」


 俺はそうひとり叫んだあと、ベッドにダイブする。

 布団の柔らかな感触が、心地良く俺を包んだ。


 ……そうだよ。これは俺が望んだことだ。

 あの氷川とかいうマネージャーに挑発されて柄にもなく頑張っちゃったけど。

 俺はもともと、平穏な暮らしを望んでいたじゃないか。

 だから、これで……良かったんだ……。


 すると俺は、急激な睡魔に襲われ――。

 いつの間にか、その場で眠りに落ちてしまっていた。

 

◇◇◇◇


「――……ちゃん。起きて」


 誰がが俺を呼ぶ声がする。

 飽きるほど聞いた、俺にとって最も聴き馴染みのある声だ。


「お姉ちゃん、起きなよ」


「んん……」


 その人物は、俺の体をゆさゆさと横に揺らす。

 やめろよ……せっかく人が心地良く眠ってるんだから……。


「あと十分……」


「させるかぁ! チョーッップ!」


 そんな声が聞こえるや否や、脳天に強烈な一撃。


 ――ッッっってええ!!


「おいっ!! 何すんだ!!」


 起き上がって抗議すると、声の主――莉音は、つまらなそうに唇を尖らせた。


「だって、お姉ちゃん……不貞腐れてるから」


 はぁ? 何言って……。


「……別に、不貞腐れてなんかねーよ」


 コイツは、いつもそうだ。

 俺のことを何でも知ってますみたいな顔しやがって……。


「お前も……勝負の結果見ただろ?」


「うん、見たけど……」


「俺はこの結果になって清々してるんだよ。もう頑張らなくても良いからな。そもそも……あんなに頑張るのが俺らしくなかったんだ。俺は、静かに暮らしていければ、それで――」


「――でも、頑張ったのは誰でもなくお姉ちゃんの意思じゃん」


「……」


 本当に、莉音って奴は……俺のことを知ったふうに……。


 ――と、その時だった。


 突然、俺のスマートフォンが鳴った。


「お姉ちゃんスマホ鳴ってるけど……」


「知るか。俺は眠る」


 莉音は俺の態度に呆れたようにため息を吐いたあと、俺のスマホを手に取り、そして呟く。


「電話……美玖さんからだけど」


 美玖から……?

 でも俺は、勝負に負けたのだ。今更美玖と話すことなんて……。


「知らん。出ない」


「え? じゃあ、代わりに私が出ちゃうけど良い?」


「……好きにしろよ」


 俺の返事を受け、莉音は俺のスマホを耳に当てる。


「はい、もしもし……あの、お姉ちゃんは今、電話に出たがらなくて……え? はい。分かりました。お姉ちゃんに伝えておきます」


 そして美玖と何かを話した莉音は、電話を切ると、俺に向かってこう言った。


「ねぇ、お姉ちゃん」


「なんだ」


「今すぐ来て欲しいって」


 来て欲しい?


「どこに?」


 そして莉音の告げた場所は、俺の予想の斜め上のものだった。


「ステラノーツプロダクションの事務所に」


 ……は?


 ステラノーツプロダクション。

 ってことは。

 美玖の事務所に……?


◇◇◇◇


「ふぅ……まだ暑いなぁ……もう夏も終わりだってのに」


 俺は胸元をパタパタと仰ぎながら、誰に言うでもなくそう呟いた。

 いつの間にか、秋も目前だ。ついこの前まで夏真っ盛りだったというのに。

 短かったような、長かったような……何とも不思議な気分だった。


「ステラノーツの事務所ってのは、この辺か?」


 結局、莉音に引き摺られるように外に出た俺は、渋々ステラノーツプロダクションへと向かっていた。


 一体、どんなことを言われるんだろうか。

 氷川の勝利宣言か?

 それとも、2度と美玖と関わらないように、再度念押しされるのだろうか?

 いずれにしても……あまり気分の良いものではなさそうなのは確かだった。


「うーん、地図を見る限りこの辺だと……あ、これじゃない?」


 莉音が指差したそれは。

 都内の一等地であるこの場所の中でも、一際大きな商業ビルだった。


◇◇◇◇


 事務所の中は、幾つもの会議室やスタジオ、レコーディング施設等が存在し、かなりの金がかかっているのが一目見て分かった。

 やっぱトップ事務所だけあって、豪華だな……。

 そんな中で俺たちが通されたのは、その中ではだいぶ質素な客間のような場所だった。


「――待っていましたよ」


 中では1人、俺たちの到着を待っていて――だけどそれは、美玖でもなければ例の氷川でもなく。

 落ち着いた雰囲気をもつ、4、50代くらいの女性だった。


「不知火結月さんですね?」


 俺は彼女の問いに、恐る恐る頷く。

 そして、隣にいた莉音に耳打ちした。


「……誰?」


「し、知らないよ……!」


 すると女性は、俺たちの反応に気づいたのか――名刺を取り出し、俺たちの方に差し出した。


「すみません。申し遅れました。私、花菱玲子はなびしれいこと申します。この会社の社長を務めております」


 え……マジ……?

 ステラノーツのシャッチョサン……!?

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