#22『バーチャル美少女、腹をくくる』

 前回のあらすじ。

 美玖のマネージャーの前で、1ヶ月後に登録者50万人を達成するって大見得を切ってしまった。

 そして言ってしまってから、ことの重大さに気づく俺。

 ……いや、我ながらアホすぎない?


「す、すみません、今の話……やっぱり一旦持ち帰らせて頂いても大丈夫ですか……?」


 しかし、氷川はそれをバッサリと切り捨てる。


「はぁ? 何を言ってるんですか? あなたが言い出したんじゃないですか。それとも撤回するんですか? 謝れば許してあげないこともないですが」


「謝るかぁ! ばーか!」


 ……っておい、火に油を注いでどうするよ?

 俺のアホ!


 氷川は俺の態度に自らの勝ちを確信したのか、俺を見下すように言った。


「本当に1ヶ月で達成出来るというならば……あなたと美玖の付き合いに口を出すのはやめましょう。コラボの件も考えてあげても良いです。まあ……無理だと思いますが」


 うん、俺も無茶だとは思う。

 でも、かなり不可能に近いのかもしれないが……果たして本当に不可能なのか?

 

「では、1ヶ月後のことを、せいぜい楽しみにしていますよ――」


 ――俺はそう言い残し喫茶店を立ち去る氷川と、それに従って出ていく美玖の後ろ姿を見送った。

 そして後に残される、俺と莉音の2人。


 莉音が心配そうに俺に尋ねる。


「ちょっと、大丈夫なの? あんなこと言っちゃってさ」


「大丈夫じゃない」


 大丈夫な訳ないだろ。

 でも……。


「なんとかするしかねぇだろ」


「お姉ちゃん……?」


 残り1ヶ月で登録者数を50万人まで増やす。

 普通に考えれば……そんなこと、無理な話だ。誰から見ても絶体絶命だ。

 だが、逆に考えてみれば……これは、チャンスなのではないか?


 登録者数50万人を達成さえ出来れば、俺と美玖の関係にとやかく言う奴は居なくなるし……それどころかコラボ配信にだって近付く。

 状況は確実に進展しているではないか。


 そう……50万人を達成さえすれば、全て問題ないのだ。


「やってやるさ……」


 俺は、必ず登録者数50万人を達成してやる――。


 そうと決まれば、作戦を練らないとな。

 1分1秒でも時間が惜しい。


「――悪い莉音、俺先に帰るわ」


「え、ちょっと……!?」


 俺は自分の分の代金をテーブルに叩きつけて、喫茶店を後にした。

 

 ――いいだろう。

 その勝負受けてやる。

 あの憎たらしい顔に、必ず一泡吹かせてやる――。


◇◇◇◇


 4人がけのテーブル席に1人だけ取り残された莉音は、姉が完全に居なくなったあと、ひとり溜息をついた。


「お姉ちゃんったら、何やってんだか……」


 テーブルに無造作に置かれた小銭を数えて、莉音はあることに気付く。


「って、お金足んないじゃん……」


 ――ほんとお姉ちゃんって。


「バカだなぁ……」


 バカだけど。

 どうしようもないバカで、調子乗りで、グータラで、ケチ臭くて、コミュ障で、ダメ人間なお姉ちゃんだけど――。


「――ふふっ」


 ――どうしてか、莉音は今回の件をそこまで悲観していなかった。


 だって。

 お姉ちゃんは……私の――。


 ――と。

 その時、莉音のスマホが鳴った。

 莉音は画面を覗き込む。

 ディスプレイに映っていた名前は、天童美玖だった。


 ――美玖さん?

 どうして、電話なんか……。


「……もしもし」


『もしもし、莉音ちゃん?』


「どうしたんですか? さっき別れたばっかりなのに」


 すると、数秒だけ無言の時間が生まれた後、


『この後、会えませんか?』


「え? ごめんなさい、お姉ちゃんとはもう別れちゃって……」


『大丈夫です。むしろ居ないのであれば好都合です。私、莉音ちゃんとお話したいことがあるので――』


◇◇◇◇


 指定された場所に莉音が向かうと……そこには、美玖がひとりで待っていた。

 莉音は、自分の存在に気付き顔を上げた美玖に声を掛ける。


「すみません、お待たせしました」


「いえ大丈夫です。お呼び出ししたのは、こっちですから」


「それで……話したいことって何ですか?」


 内容は、莉音にはおおかた予想がついていた。


「ええと……先ほどのお話なんですが……」


 そしてそれは、莉音の予想通りだった。


「……ここから1ヶ月で登録者数を50万人まで伸ばすなんてはっきり言って難しいです。だから、さっきの発言、あの子に撤回するように言ってもらえないでしょうか。そうすれば……なんとか私が氷川さんを説得して、せめてプライベートでの交流くらいは許して貰えるかも――」


「――無理ですね、それは」


 しかし莉音は、すぐさま美玖の提案を拒否していた。


「……どうしてですか?」


「だって、お姉ちゃん……いつになくやる気を出してるんですもん。ここでやる気を削いじゃうのは勿体ないし、それに……」


「……それに?」


「私は、お姉ちゃんならやってくれると信じていますから」


 莉音には、自分の姉ならやってくれる――そんな確信めいた何かがあった。


「どうして莉音ちゃんは……そこまでお姉さんを信じているんですか?」


 そんな美玖の問いに、莉音は当然だと言わんばかりの表情で、


「知ってますか? お姉ちゃんをVtuberにしたのは私なんですよ?」


「それは……知ってますけど……」


「なんでお姉ちゃんをVtuberにしたと思いますか?」


 莉音が、自分の兄妹きょうだいをVtuberに仕立て上げた理由、それは――。

 

「お姉ちゃんなら、トップVtuberになれると思ったから――」


 ――彼は、莉音の憧れだった。

 莉音の1番大好きな人だった。


 今は、もうすっかり腐ってしまったけど。

 もう一度、彼の輝いている姿を見たい。

 だから――。


「私は――お姉ちゃんのファン第1号なんです」

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