#21『バーチャル美少女、挑発に乗る』
――大事な話があるから、来て欲しい。
美玖からそんな連絡を受けたのは、さらに翌日のことだった。
俺は美玖から指定を受けた場所――とある喫茶店へと向かっていた。
「――なんだろうね、大事な話って」
何故かついてきた莉音が不思議そうに呟く。
どうしてお前がついてくるんだと言いたいところだが……実はこの莉音の同席は、美玖から言い出したことだった。
それだけで、大事な話が何なのか、おおかた想像がつく。
まあ……十中八九、この前美玖に提案したコラボ配信に関する話だろうな。
だから彼女は莉音のことも呼んだのだ。
莉音もいたほうが、そこら辺の話はきっとスムーズだろうから。
でも確か……昨日きたメッセージで、コラボはNGだったって……。
事務所の方針がそういうことなら、残念だが仕方がない。
それならば、それ以上話すこともない気がするが……。
喫茶店に入ると、美玖はとっくに来ていたのか、先に席に座っていた。
昼時を過ぎているからなのか、はたまたこの喫茶店自体がそこまで客入りの多い店ではないからなのか分からないが……埋まっている席はそこしか無かったので、すぐにわかった。
だが……。
「あれ、誰だろ……?」
「知るか、俺に聞くな」
美玖はひとりではなかったのだ。
彼女の隣には、女性がもうひとり座っていた。
どう見ても円華さんではない。よって、俺の知らない人物であることは確定だった。
シワひとつないスーツに身を包んだ、見るからにお堅そうな感じのする人物だった。
美玖は俺の姿に気付き、俺に向かって小さく手を振る。
「2人とも、こっちです」
俺たちは美玖に促されるまま、美玖と謎の女性が座ってる席に腰掛けた。
美玖は何だか浮かない顔をしていた。
その一方で、もうひとりの女性は、俺の姿を見て……明らかに動揺を隠せていなかった。
彼女は俺を見て、莉音のほうに視線を移し……また俺のほうに視線を戻す。
「え……? 本当に『不知火結月』ですか……? バ美肉Vtuberとして売っているから、てっきり中身は男性かと……」
……そういえば、元はそうだったな。
もう女としての自分にすっかりリアル受肉した自分に慣れてしまっていたから、忘れかけていたけど。
「俺が正真正銘『不知火結月』だけど……なんか文句ある?」
「い、いえ……特には……」
女性は俺の言葉に怯んだのか、目を逸らす。
見たか。
これぞコミュ障を極めた者のみが辿り着く境地――。
――威嚇される前に、威嚇するべし。
「……それで? 何の用で俺たちのことをわざわざ呼んだわけ?」
すると女性は、自らの懐から――一枚の名刺を取り出す。
そして、俺たちに向かって差し出した。
「初めまして。私、ステラノーツプロダクションでマネージャーをしております、
ステラノーツのマネージャー……?
という事は……美玖――『瑠璃川ラピス』の担当マネージャーが彼女ということか。
莉音は差し出された名刺を、
「これはどうも、ご丁寧に……」
大仰な態度で受け取る。
そしてそのお返しと言わんばかりに、今度は莉音が鞄から自分の名刺を取り出して、氷川に差し出す。
「イラストレーター兼Vtuberプロデューサーの霧島れおんと申します」
――って、名刺!?
こいつ、いつから自分の名刺なんて作ってやがったんだ!
いいなぁ……。
「ねぇねぇ莉音、俺の名刺は?」
「そんなもん有ったってしょうがないでしょ? お姉ちゃん顔バレしたらヤバいんだし、そもそも引きこもりなんだから」
……まあ、一理ある。
ってか、普通に聞き流したけど……お前いつからイラストレーターだけじゃなくVtuberプロデューサーなんて肩書きが増えたんだ?
だが、今日のところは莉音のことを気にしている場合ではない。
瑠璃川ラピスのマネージャー……。
それが俺たちに用があるってことは……正直あまり良い話ではなさそうだな……。
彼女の次の言葉を身構えていると、氷川は……俺に向かって、冷たい口調で言い放った。
「――単刀直入に言います。今後、弊社所属の『瑠璃川ラピス』――および天童美玖に金輪際関わらないで頂けますか?」
――は?
何だそれ……?
俺には、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
「どういうことだよ……別に美玖とどう関わろうと、お前等には関係ないだろ……?」
しかし氷川は首を振った。
「はっきり言って、迷惑なんです」
迷惑……?
「ご存知ありませんか? 弊社の事務所は、Vtuberを『アイドル』として売り出しているんですよ」
確かに……ステラノーツは、他のVtuber事務所と比べて、『アイドル』としてのパッケージを強く打ち出している事務所だ。
「でも、それが何の関係があるんだよ」
「あなたはバ美肉系Vtuberとしてやっていますよね? つまり、世間的にはあなたは男として通っている訳です。たとえ中身の性別がどちらだったにせよ……男の影が『瑠璃川ラピス』の周りにチラつくのは、コチラとしては避けたいんですよ。それに――」
氷川はウンザリとした様子で続けた。
「――あなたはラピスに、コラボを持ち掛けたそうじゃないですか。いまだに登録者数10万人そこらの分際で」
なんだこの女。
言わせておけば……。
「ラピスとコラボしたいなら、せめて50万人はいないとお話にならないんですよ。分かったら……コラボしようなんてバカな考えはよすんですね」
そう言い終えた氷川は、席を立とうとする。そして、美玖の手を半ば強引に引いた。
「……さあ、話は終わりです。行きましょう、美玖――」
……。
「――出来らぁ!!」
「いま、なんて言いました?」
俺の怒号に、氷川はギロリとこちらを睨みつけてくる。しかしもう、俺は止まれなかった。
「よしなよ、お姉ちゃん!!」
「いいんだ、莉音」
俺の言おうとしていることを察知した莉音が、すぐに静止しようとする。だが、俺はそれを振り切って言った。
「1ヶ月もあれば……登録者数50万人に出来るって言ってんだよ!!」
氷川はしばらく唖然としていた。
だがすぐに……ニヤリと口角を釣り上げる。
「これは面白いことを言いますね――」
そして、氷川は言葉を続けた。
「――それでは、1ヶ月でチャンネル登録者数50万人を達成してもらおうじゃないですか」
え!! 1ヶ月で登録者数50万人を……!?
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