#20『バーチャル美少女、提案する』
「――……ん、うぅ……ん」
気を失ったままの美玖を傍に置いたまましばらく無邪気に遊ぶガキどもを眺めていると、やがて美玖がモゾモゾと動き出す。
やっと目を覚ましたみたいだな……。
美玖はむくりと起き上がり、辺りを見回す。
「ここは……?」
「近くの公園だよ。美玖が急に倒れたから、円華さんとふたりでここまで運んできたんだ」
「円華ちゃんは?」
「えっと……何か急用が出来たみたいで……先に帰っちゃった」
「そう……」
美玖はそれきり、口を噤む。
俺も彼女にかける言葉が見当たらない。
俺と彼女とのあいだには、気まずい沈黙が降りていた。
まぁ……当然と言えば当然だ。
美玖が人気Vtuberの『瑠璃川ラピス』だったってことも中々に衝撃的だったけど……でもきっとそれ以上に、俺が『不知火結月』だったってことは彼女にとって衝撃以外の何者でも無かっただろう。
だって、美玖はずっと『不知火結月』のことを推しだと公言していて……俺は、実際に楽しそうに結月のことを語る彼女の姿を何度も見てきたから。
きっと俺のことを本物の結月だなんて、思ってもみなかったはずだ。
「――ねぇ」
不意に、美玖が口を開いた。
俺は何も言わずに、彼女の次の言葉を待つ。
「『不知火結月』だっていうのは、本当?」
俺は、美玖の言葉に静かに頷いた。
「……うん」
「そっか、やっぱりそうなんだ……」
「怒ってる? 今まで騙してたこと」
美玖は首を横に振った。
「ううん。怒る訳ないよ……黙ってたのはお互い様だし。今はただ……ちょっと混乱してるだけ。友達が結月ちゃんだったって驚きと、本物の結月ちゃんに会えたっていう嬉しさと……それが一遍に来て、頭の中がぐちゃぐちゃになってるだけだから」
そして美玖は、空を仰いで悔しそうに呟いた。
「あぁ、でも……考えてみれば、初めて会った時から、結月ちゃんに似てるって思ってたんだよねぇ……どうして気付かないかなぁ……私。でもまさか、アバターのキャラデザを現実に寄せてるなんて思わないじゃない?」
「あはは……」
キャラデザを現実に寄せたんじゃなくて、現実がキャラデザのほうに寄っていったんだけどな……。
「……って、考えてみれば私、本人にめちゃくちゃ恥ずかしいこと喋ってるよね!? 結月ちゃんのことを語ったりとか、配信見るの勧めたりとか……」
あぁ……。
そういえば、そんなこともあったっけ。
「……俺は、悪い気はしなかったよ? 美玖が俺のこと好きなのが伝わってきたから」
「――……っ!?」
俺の言葉に、美玖は途端に顔を真っ赤にする。
「……ずるい。今そんなこと言われたら、ますます推しになっちゃうじゃん」
……え?
俺いま、何かおかしいこと言ったか……?
美玖に問おうにも、顔が火照りすぎてゆでダコみたいになっていたから、それ以上追及するのは難しそうだった。
仕方ないので、話題を少し変える。
「でも美玖は美玖で、まさか『瑠璃川ラピス』だったなんて思いもしなかったよ。『不知火結月』よりも全然有名で凄いじゃん」
瑠璃川ラピスは登録者200万人越えのVtuberだ。対して俺は、まだ10万人ちょっと。企業勢と個人勢という違いはあれど、その差は圧倒的だった。
だけど美玖は、そんな俺の言葉を否定する。
「別に凄くないよ……登録者が多いのはもちろん嬉しいけど、たまにそれが重圧になって伸し掛かってくるの。それにだんだん制約も多くなってくるし……偶に、どうして自分が配信をやってるのか分からなくなる」
俺には、分からない世界だった。
登録者数もそうだけど……企業勢だから、事務所とのしがらみなんかも少なからずあるのかもしれない。
いくら想像したところで、個人勢で好き勝手やってる俺には、結局想像の域を出ることはないのだけれど。
「私はきっと、結月ちゃんが羨ましいんだ。結月ちゃんはいつも、いきいきと配信してるから」
……。
俺としては……別に何か特別な考えを持って配信をしている訳ではないんだがなぁ……。
実際、配信を始めたのも莉音に無理矢理やらされたせいだし。
ただ俺は、頭空っぽにして配信しているだけで……。
でも、それって……意外と重要なことなのかもしれなかった。
心の余裕を持つことが、今の美玖――『瑠璃川ラピス』には、足りていないのかもしれない。
だったら――。
「――だったらさ、俺にひとつ、提案があるんだけど」
「提案……?」
俺は美玖の問いかけに頷く。
「――コラボしようよ。『不知火結衣』と、『瑠璃川ラピス』でさ」
「コラボ……?」
「うん」
「――……うぇっ!? こっ、コラボっ……!?」
「偶には難しいこと考えるのやめてさ。ふたりで好きに配信するのも、楽しくて良いんじゃない?」
「ふたりで……」
「ダメかな……?」
俺は、美玖の顔を覗き込む。
美玖は、期待と不安が入り混じったような複雑な顔をしていた。
「ダメじゃないけど……良いのかな……?」
「俺たちがしたいなら、別に良いでしょ。それとも……美玖がしたくないとか?」
「ううん……したい」
ちゃんと言えたじゃねえか。
聞けてよかった。
美玖は、すっかりその気になったようだった。
「分かった……コラボのこと、マネージャーに頼んでみるね」
「うん、頼む」
成り行きだが、『瑠璃川ラピス』とコラボすることになった。
どうなるのかは未知数だが……これを機に、俺も美玖のことをもっとよく知ることができたら嬉しい。
そう思う俺だった。
◇◇◇◇
――それから、数日が経った時のことだった。
突然、スマホに美玖からメッセージが送られてきた。
『この前の、コラボ配信の件だけど――』
お、もう許可貰えたのか――、
『――ダメだって』
――って、うん。
なんでぇ……?
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