#19『バーチャル美少女、真実を知る』

「……美玖?」


 円華さんに呼ばれて現れたのは――まさかの美玖。

 美玖は俺のことを見るなり、顔を赤くして俯いている。

 何がどうなっているんだ……?


「……どういうことですか? 円華さん」


「どういうことって、キミなら分かるでしょ? キミはまさにこの子のことが聞きたくて、私を呼び出したんだから」


「それじゃあ、やっぱり……」


 俺がそう呟くと、円華さんは頷く。


「そうだね、概ねキミの思っている通りだよ。ほら……美玖も何か言ったら?」


 そして、円華さんは美玖の背中を押す。

 強制的に前に出た美玖は、俺の目の前で一瞬何かを言おうとしたが、声にならずすぐに黙りこくってしまう。

 気まずさに耐えかねて、俺の方から美玖に声を掛けてた。


「こんにちは、美玖……まさかこんなところで会うとは、すごい偶然だね」


 いや、こんなことを言ってどうする。

 それに俺と美玖がここで会ったことは……偶然なんかじゃなく、必然だ。

 ならば俺が彼女に尋ねることは、決まっている。

 

「美玖が――『瑠璃川ラピス』なの?」


 俺がそう訊くと、美玖はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「……うん。私は『瑠璃川ラピス』の名前でVtuberをやってるの」


 やっぱり……そうだったのか。


「……ひどいよね、友達なのに隠し事してたなんて。でも、なかなか打ち明けるタイミングもなくて……」


 ……いや、そんなことないだろ。

  Vtuberっていうのは、基本的にはリアルの顔バレ厳禁な仕事だし……。

 それに、それを言うなら……俺にだって隠していることがある。

 俺は美玖に向かって言った。


「ごめん、美玖。俺のほうからも話しておかなくちゃいけないことがある」


「えっ……?」


 美玖は、完全に予想外だという表情で、俺を見た。

 もしかして……。

 円華さんはまだ、俺のことを美玖に話してないのか?


 でも、この状況……言わない訳にはいかないだろう。

 このまま冗談ですで済まされる訳がないし、何より……美玖は打ち明けてくれたというのに、俺だけが隠しておくなんて、そんなの誠実じゃない。


 俺は、数回ほど深呼吸した後、意を決して美玖に告げた。


「俺、実は――本物の『不知火結月』なんだ」


 その告白をした瞬間、美玖の目が驚きに大きく見開く。


「え? 嘘……だって……」


「今まで騙しててごめん。だけど本当なんだ。初めて会った時は、咄嗟に嘘を吐くしか無くて……」


 そう言った瞬間。


 ――プツン。

 何かが切れるような音がした気がした。

 

 そして。


「――……っ!!」


 美玖が急にぐりんっ、と白目を剥いてその場に力無く倒れ込む。


 え!?

 ちょっ……何!? どういうこと……!?


 そんな美玖の様子を見て、円華さんは可笑しそうに笑う。


「あーあ、推しが友達だって気付いて頭がオーバーヒートしちゃったか……まったく面白いなぁ、美玖は」


 いや……ぜんぜん笑ってる場合じゃないんですけど……。


◇◇◇◇


 俺と円華さんの2人がかりで、気を失った美玖を近くの公園まで運んで、そこにあったベンチに横たわらせた。


「ふぅ……これでとりあえずは大丈夫か……」


 あとは目を覚ますまで待つしかない。


「円華さん」


 俺は、終始楽しそうにしている円華さんに尋ねる。


「んー? なに?」


「円華さんは、俺が正体を打ち明けたらこうなるって、分かってましたよね?」


「まあねー」


 まあねー、て……。


「だったら他に伝え方があったんじゃないですか? ほら、円華さんが前もって教えておくとか……」


「えー? だってそれじゃあ面白くないじゃん」


 いや、面白さなんて別に必要じゃないでしょ。


「……それに、そういう大事なことは、自分の口から言うもんでしょ」


 まぁ、そうかもしれないけど……。

 円華さんは笑い疲れたのか一息おいた後、呟くようにこう言った。


「……でもさ、『不知火結月』がキミみたいな人で本当に良かったよ」


「それ、どういう意味ですか?」


「別に、そのままの意味だよ。美玖がものすごいご執心だからさ、どんな人なのか気になって。……でも良かったよ、美玖のことを本当に友達として大事にしてくれそうな人で」


 ……何を言ってるんだこの人は。

 そんな知ったふうな口を利いて……一体俺の何を知っているというのだろう。

 だけど何故か……彼女の言葉には、妙な説得力のようなものがあった。

 そして、続けて言う。

 

「お願いだから……ずっと美玖の友達でいてあげてね」


 ……そんなこと。

 誰かに言われるまでもないだろ。


「……そうですね、考えておきます」


「うん、頼むよ」


 それだけ言うと、円華さんは大きく伸びをした。


「んーっ……さてと。私、今日のところはこの辺で退散しようかな」


 は……?


「何を言ってんすか。美玖のことはどうするんですか?」


「キミが見ててあげなよ。美玖が目を覚ましたら、いっぱい話したいこともあるだろうし。その時に私がいたら……たぶん2人の邪魔だろうから」


「いや、ちょ――」


 俺が反論をする前に、既に円華さんは歩き出していて、気付けばすっかり遠くなる。

 そして――くるりと振り返って、俺へと手を振った。


「――じゃ。またどこかで会おうね、『結月』ちゃん」


 俺は次第に小さくなる円華さんの後ろ姿を、完全に消えるまで見送ったのだった。

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