#17『バーチャル美少女、囲まれる』

「――へー、ここが莉音の学校か」


 俺は楓ちゃんの助けを得て、校内へとお邪魔していた。当然だが、中には初めて入る。

 別に特殊な学校という訳でもないのだろうが、現役時代もほとんど不登校だった俺からすれば、色々な意味で新鮮な景色だった。


「ありがとう、楓ちゃん。悪いね、色々してもらっちゃって」


 楓ちゃんに手伝って貰わなければ、今頃俺は学校の中にも入れず校門前で身体を震えさせることになっていたことだろう。素直に感謝だった。


「いえ、そんな……」


「ところで、漫研の部室ってどこにあるのかな?」


「え? 漫研ですか?」


「うん。どうせここまで来たんだったら、直接行って傘を届けた方が早いでしょ」


 俺としては、早いところ用事を済ませて帰りたいし……。


「うーん、私もほとんど行ったこと無いんですが……確か3階の奥の空き教室があったあたりだったと思います」


「げっ……そんなに遠いの?」


「はい。まあ一般の生徒は立ち寄らない教室ですし……」


 それもそうか。

 しかし困ったな……。

 もうとっくに放課後になっており学校に残っている生徒は少ないと言えど……それでも廊下に人が歩いているのをチラホラと確認することが出来る。

 それをこんな部外者が歩いていれば、目立つことこの上ない。

 万が一声をかけられでもしたら……しかもそれが万が一イカつい生徒だったとしたら、俺はその場でちびってしまう可能性があるぞ。


「ねぇ、楓ちゃん」


「はい、何ですか?」


 俺は、楓ちゃんの顔を見上げて言った。


「あの……良かったら、一緒に漫研まで来てくれない……?」


 楓ちゃんは一瞬キョトンとしていたが、すぐに俺の不安を理解したのか、優しい表情で頷く。


「もちろん、私で良ければ」


 良かった……。

 楓ちゃんが一緒なら、とりあえず一安心だ。


「よーし、そうと決まったら善は急げだ。早速漫研の部室に案内してくれ!」


「はい!」


 そうして俺と楓ちゃんは、莉音の居る3階の部室へと向かった。


◇◇◇◇


 ――向かった、のだが。


「何、この子可愛いー!!」


 3階に到着することすら叶わず、見事に通りすがりの女生徒たちに捕まっていた。

 そして俺が女子に囲まれているその後方で、楓ちゃんはひたすらアワアワしていた。

 ……いや、使えねー。

 

「アノー、チョット急イデルノデ、退イテモラッテモ良イデスカ?」


「えー? そんなこと言わないでお姉さんたちともっと遊んでよー」 


 俺、君たちよりも年上なんだけどな……。


「ほら、ポッキィ食べる?」


「ア、頂キマス」


 俺は女子からポッキィを受け取り、ポリポリと貪る。


「いやー! ポッキィ食べてるところも可愛いー!」


 ……そりゃ良かった。

 おそらく今の俺には、コイツらを振り切って逃げる事は出来ないだろう。主に体力的な理由で。

 となれば、コイツらが飽きてどこかに消えてくれるのを待つしかない。


「ねぇ、楓ー」


 俺を取り囲む女子のうちの1人が、楓ちゃんに声を掛ける。

 どうやら、彼女は楓ちゃんと知り合いらしい。


「え、何……?」


「この子って、楓の知り合い? 妹さんとか?」


「あ、いや……お姉さんだよ、莉音ちゃんの」


「え、莉音のお姉さん? ということは、私たちよりも年上!?」


 ようやく気付いたか。

 年上と知って恐怖しただろう。

 さぁ分かったのなら、もっと俺を恐れ敬え。


「えぇー、見えなーい!」


 ……はい、無意味でした。

 もう無理だ、これ。

 心を閉ざしてやり過ごすしかない。


 そんな訳で、心を無にしようと瞑想を始めたところで――、

 ――また別の女子が、ひとつ気になることを呟いた。


「それにしても……今日は外部からのお客さん多いねー」


 外部からのお客さん……?

 俺以外にも居たのか?


「そんな人居たの?」


 楓ちゃんも同じことを思ったのだろう。その女子に向かって、そう尋ねた。

 すると女子は頷く。


「うん。すごいスタイル良くて、綺麗な人だったよー。なんかパンクっぽい服着てて――」


 パンクっぽい服……?

 交友関係が片手で数えられるほど狭い俺だが――その人物に、俺は何故か心当たりがあった。


 それって。

 ここに来る途中に話しかけられた、あの女の人じゃね……?


◇◇◇◇


「――ごめんなさい、お姉さん……私が及ばないばっかりに……」


 先ほどの女生徒たちに丁重にお帰り頂いたあと、楓ちゃんはひどくしょんぼりしながらそう言った。


「いや、しょうがないよ。楓ちゃんのせいじゃないし」

 

 それもこれも、俺が可愛すぎるせいだな。

 ……って、自分で言っておいてアレだが、すごい自惚れだ。

 まあ……とりあえず、さっきのは不幸な事故にあったとでも思うしかない。


 目的地である漫研の部室には、意外とすぐにたどり着いた。

 あそこで足止めを喰らわなければもっと早く着いたのだろうが、そんなことは今更言っても仕方ない。


「――たのもーっ!」


 俺は部室の扉を勢いよく開け放つ。

 すると部屋の中には、女子が4人。

 うち3人は俺の知らない顔だったが、最後の1人は俺が探していた人物だった。


「あれ、楓と――お姉ちゃん!? どうしてここに?」


「どうしてもクソもあるか!!」


 俺は部屋の中にズカズカと大股で入り、4人のうちの1人――莉音に詰め寄る。


「お前が俺を呼んだんだろうが!!」


「あー……」


 俺の怒りの声を聞いて、ようやく思い出したらしい。


「ゴメンお姉ちゃんっ! すっかり忘れてた! 正直それどころじゃなくってさ」


 それどころじゃなかった?


「なんかあったのか?」

 

 すると莉音は、興奮した様子で、1枚のサイン色紙を見せてきた。

 そこには、サインペンでやたらと上手い2次元キャラのイラストと、その下にサインらしきものが描かれていた。

 このキャラ……パッと名前は出てこないがどこかで見たことあるな……。

 てか、このサインの名前……なんて読むんだ?


「ま、まる――」


marmeloマルメロさんだよ。まさかお姉ちゃん、知らないの?」


 知らん。


「有名なのか?」


「超超有名イラストレーターだよ! 実はこの学校の漫研のOGで、たまたま今日遊びに来てたんだよ! 私、サイン貰っちゃった!」


「ふーん……」


 俺的には莉音――『霧島れおん』もそこそこ有名なイラストレーターかと思っていたんだが、コイツの反応を見るに、どうやらそれよりも上らしい。

 まあ、その辺については俺は門外漢だから、よく分からないが――。


 ――と。

 俺は、奥の長机の上に何個か無造作に置かれている、あるものが目に入った。

 それは――みるきぃの包み紙だった。


 まさか……。


「もしかして、そのmarmeloって……やたらとスタイル良くて、タッパのでかい女?」


「ん……? まあ、そうだけど……」


「もしかして……パンクロックな服着てた?」


「よく知ってるね、お姉ちゃん」


 間違いない――。

 ――ついさっき、学校に来る途中で会ったあの人だ。


「お前、もしかして俺の正体バラしただろっ!」


 あの人が、俺が『不知火結月』であるということを知っていた理由なんて、コイツ以外にいる訳がない。

 だが、莉音の反応は……予想したものと少し違った。


「べ、別にバラしてないよ……。でも、『不知火結月』がどんな人なのかは凄く気にしてたけど……」


 なに……?


「なんで人気イラストレーターが、『不知火結月』のこと気にする必要があるんだよ?」


 すると莉音は、


「それは……たぶん、同業者だからじゃないかな」


 同業者……?


「どういうことだよ?」


 俺の問いに、莉音は自分のことでもないのに何故か得意げに答える。


「marmeloさんもVtuberの絵師ママなんだよ! お姉ちゃんは知ってる? 『瑠璃川ラピス』って子なんだけど――」


 ―― 『瑠璃川ラピス』だって?

 ちょっと待て。

 それって……めちゃくちゃ有名なVtuberじゃねーか!?

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