#15『バーチャル美少女、内面に触れる』

 ――その後、美玖といくつかの店を冷やかして回ったのち、お開きにということになった。

 帰るために駅へと向かいながら、俺は美玖に声を掛けた。


「……今日は楽しかったよ。ありがとう、美玖」


 俺のそんな言葉に、美玖はほっと胸を撫で下ろすように安堵の表情を浮かべていた。


「そっか、良かった。こういう場所、もしかしたら苦手かもと思ってだから……」


「あはは……」


 苦手であることは否定しない。

 実際人が多すぎて物怖じしてしまう場面もあった。

 だけど、それでも楽しかったと思えたのは……きっと美玖が誘ってくれたお陰だろう。


「ほとんどこういう場所には来たこと無かったけど……たまには悪くないかもなって思った。良かったらまた誘ってよ」


「うん。絶対誘うね。私も凄く楽しかったから。まるで、『不知火結月』ちゃんと一緒に歩いてるみたいで――」


 美玖はそこまで言ってから、ハッと気づいて息を呑んだ。


「――あ、ごめん。何でもない、忘れて」


「いや、良いよ。やっぱそんなにそっくりなんだ、俺って」


 美玖は頷く。


「見た目もそうだけど……仕草とかいろいろ……やっぱりそれも莉音ちゃんに色々仕込まれたの?」


「えーと、まあ……そんなとこ……」


 ひぇ……やっぱガチファンなだけあって細かいところまで見てるなぁ……。

 まぁ今は、莉音の言い訳を全面的に信じているようだから大丈夫だが……ボロは出さないように気を付けないといけないな。


 でも、そもそもだけど。

 どうして美玖はこんなに『不知火結月』のことが好きなんだろうか?


「……ねぇ、美玖」


「うん?」


「美玖は、どうして『不知火結月』なんか推してるの?」


 世の中にVtuberはごまんといる。

 その中で、どうして俺なんだ?


「こんな言い方するのもアレだけど、不知火結月なんて、そこまで大したVtuberでもないだろ。別に他のVtuberでも良いのに」


 すると美玖は、俺の問いにこう答える。


「好きに理由なんて必要なのかな」


「まあ、そうだけど……」


「――でも、好きになったきっかけはあるよ」


「きっかけ?」


 美玖は仕舞い込んだ大事なものを取り出すかのように、ゆっくりと呟いた。


「私、今のお仕事……結構気に入ってるんだけど……それでも、たまに仕事をしてるとすごく辛くなることがあるの。何で自分はこんなことをやってるんだろうって……。それで、何もかも投げ出して逃げたくなる――」


 なんか、意外だった。

 美玖が、普段そんなそんなことを思ってるなんて。

 今日の美玖は、ずっと楽しそうにしていたから、余計に。


「――でも、そんな時に私を助けてくれたのが、不知火結月だった。私は……結月ちゃんの配信に励まされて、今もお仕事を続けていけてるんだよ」


「不知火結月は……どんなことを言ったんだ?」


 俺がそう尋ねると、美玖はかぶりを振って言った。


「それは……内緒。気になるなら、結月ちゃんの配信見てみたら分かるかもしれないよ?」


「あー、うん……」


 俺、本人なんですけど……。

 本人が分からないんだったら見ても分かる訳がないよね?


「まぁ……気が向いたらな」


 そんな俺の反応に美玖は笑いを漏らす。


「うん、気が向いたら見てみて? きっと気に入るから」


 そう言う美玖の表情は、今日見た中でいちばん幸せそうだった。


◇◇◇◇


 美玖とお出かけをして、数日が経った。

 あの日がきっかけで距離が縮まった俺と美玖は、以前に増してSNSでやり取りを行なっていた。

 あの日、美玖の内面に触れた気がした俺は、今まで以上に彼女を身近に感じていた。


 ……だがその一方で、少し気になることもあった。

 あのアニメショップ巡りの中で、何度か美玖の挙動不審な姿を目にしたのだ。

 俺のようなコミュ障ならいざ知らず、彼女からそんな感じはしない。

 だったら、どうしてだ……?


 しかし考えたところでその答えが見つかるはずもなく。

 俺にとっても、それは些細な違和感でしか無かった。

 だから、時間が経過するごとに、その違和感は小さく溶けていって――いつしか俺は、そのことを忘れてしまっていた。


 そんな時のことだ。

 俺は、莉音から1通のメッセージを受けた。


『お姉ちゃんゴメン……ウチの学校まで傘を持って迎えに来てくれない? ウッカリ家に忘れて来ちゃって』


「傘……?」


 カーテンのあいだから外を覗いてみると、確かに雨が降っていた。

 この降り方じゃ……傘無しで帰るのは無謀だろう。

 しかしだなぁ……。


「この俺に莉音の高校まで行けと……?」


 高校っていうのは、言わば陽キャの巣窟だ。俺みたいな隠キャが行くところではないのだ。

 万が一陽キャに見つかれば、俺は一瞬で手篭めにされてしまうことだろう。


「む、無理だ……」


 悪いな、莉音。

 諦めてびしょ濡れになって、潔く風邪を引いてくれ……。


 ――ピコン。


『お姉ちゃん? 見てるんでしょ?』


 ――ピコン。


『傘、持って来て!』


 ――ピコン。


『傘! かーさー!』


 ……。


 俺は、玄関から外に出ていた。


『ハァ……行くか……』


 正直、めちゃくちゃ気が進まなかったが……。

 俺は諦めて、莉音の学校に向かうことにしたのだった。

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