#14『バーチャル美少女、バブみを感じる』

「――帰る」


 ワニメイトに到着した俺は、店内に入るなり美玖にそう告げた。


「えぇっ、なんで!? まだ来たばっかりなのに!?」


 いやぁ……だって、思ったよりも人多いんだもん。

 俺の想定を遥かに超えた人混みは、確実に俺の許容範囲を超えていた。

 っていうか見てよあれ。あの通路を通ろうものなら肩がぶつかるの必至じゃん。もしそうなったら俺はストレスでこの世から消滅してしまう自信がある。


 そもそもこんなところにゴスロリ服で来たのも大きな間違いだった。どう考えても視線を集めてしまっている。

 いやまあ、そんなことは着る前から分かりきっていたことなんだが……俺に執拗にゴスロリを着せようとしてくる莉音にそう指摘すると、莉音は、


『派手な服の方が美少女感が薄れるから大丈夫だよ! ほら、木を隠すなら森の中、美少女を隠すならゴスロリの中って言うじゃん?』


 いや、初耳ですが。

 だが結局押し切られて着る羽目になってしまったのである。

 あの時もっと抵抗していれば、こんなことには……。

 ……いや、同じかも。

 莉音ならどんなに抵抗しても意味の分からない屁理屈で捩じ伏せてくるし……。


 そうなるとやっぱ、出掛けたこと自体が間違いだったんだよなぁ……。


「人が多すぎるから入りたくない」


「えぇ……。ほら、せっかくここまで来たんだし……もっと中まで入って見て回ろうよ」


「やだぁ……帰るぅ……」


「うぅ、どうしよう……」


 そこから一歩も動かない俺を前に、狼狽える美玖。

 だけどいくら困らせたとしても、ここからは動かんぞ……!


 すると、すっかり困り果てた美玖は……何を思ったのか、


「……えいっ!」


 俺のことを抱きしめていた。


 頬に柔らかな感触が伝う。と同時に、鼻腔に彼女の良い匂いが広がった。

 こ、これは……。


「ずっと私がそばに居てあげるから……だから、怖くないよ?」


 しゅ、しゅごい……。

 俺は今、美玖に猛烈にバブみを感じている……。


 俺は美玖の身体に顔を埋めたまま、彼女を見上げた。


「……じゃあ、今日はずっと手を繋いでいてくれる……?」


 俺がそう聞くと、美玖はポツリと呟いた。


「か、可愛い……」


 え、なんて?


「ごめんなさい、なんでもないです」


 あ、そう……。


「手、繋ぎます……繋がせていただきます……!」


 美玖は俺から離れて、うやうやしく俺の手を取る。

 美玖の抱擁が終わってしまうのが少し名残惜しかったが……しかし代わりに手を繋いだことで、俺の対人恐怖症は少しおさまったような気がした。


◇◇◇◇


 最初は人が多過ぎてどうしようかと思ったが、回ってみると、これが案外楽しめた。

 それはここのところ莉音に連れ回されて人混みにある程度の耐性が出来たからかも知れないし、美玖が手を繋いでくれているお陰かもしれなかった。


 美玖もなんだかんだ楽しんでくれたらしい。というか、お目当ての赤柳秋也グッズを手に入れられて、随分とホクホクとした顔をしていた。

 ちなみに俺はというと、適当にマンガやアニメ雑誌を2、3冊ほど購入した。ちょうど読みたい思っていたところだったし、良いタイミングだった。


 で、あとは各階を適当に冷やかして回る。

 というか、初めて来たんだが……結構広いのな。

 そしてラインナップが豊富で見ていて飽きない。

 こういう人の多い場所はコミュ障の敵なので、普段は通販で済ませることがほとんどなのだが、たまにはこういうところに来てみるのも良いのかもしれないな、と思った。


 ……まあ、美玖や莉音の同伴は必須だが。


 そんな感じで、見て回っていると……あるコーナーが視界に入った。


「……お? あれ、Vtuberコーナーじゃん」


 俺が指差したそこには、デカデカとVtuberコーナーと書かれたポップと、その下に各事務所の名前が並んでいた。


「え、うん、そうだね……」


「ちょっと行ってみようか」


「え、ちょ――」


 俺は美玖の手を引いてVtuberコーナーへと向かう。

 コーナーでは、Vtuberたちが所属事務所ごとにくっきりと区分けされおり、その規模には明確に差が存在していた。

 ちなみに個人勢のグッズは……殆どない。端の方にちょこんとあるのみだ。

 案の定、俺のグッズも無かった。

 逆に最もコーナー占有率が高いのは……やはりというか、最大手事務所のステラノーツだ。他事務所と比べても明らかに大きかった。

 へぇ……大したもんだな……。


 でも、知っているVtuberもいれば、当然だが知らないVtuber もいた。


「ねぇ、美玖」


「ん?」


「今はどのVtuberが人気なの?」


 自慢じゃないが、俺はそんなにVtuberに詳しい訳じゃない。

 もちろんこの業界にいる訳だから有名どころは知ってはいるが……それだけだ。


 すると美玖は、何故か挙動不審に目を泳がせながら、


「え? なんで……?」


 いや、なんでって……。


「いや別に、『不知火結月』なんていうマイナーなVtuberを推しにしてるくらいだからさ、他のVtuberのことも詳しいのかと……」


「ああ……そういうこと」


 ……どういうことだと思ったんだよ。


「だったら……例えば、『月島つきしまスフィア』とか……」


「あ、聞いたことある!」


 確か、ステラノーツの中でも一二を争う人気のVtuberだ。


 ほかに俺の知っているVtuberと言えば……。

 俺はおもむろにそのVtuberのグッズを手に取る。


「じゃあ、この『瑠璃川ラピス』とかは?」


 すると美玖は、


「……あー」


 なんとも複雑そうな顔をした。


「そのVtuberは……別に大したことないんじゃないでしょうか……?」


 ……何故に疑問形?

 そして……何故に目を逸らす?

 

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