#13『バーチャル美少女、遊びに行く』

「――やあ、お待たせ」


 美玖が指定した待ち合わせ場所に到着すると、すでに美玖はそこで待っていた。

 俺の掛けた声に気付き、顔を上げてこっちを見る。

 彼女の表情は、俺の姿を見つけて明るくなる。


「ごめん、電車が遅れちゃって」


「いえ、大丈夫です。私のほうも全然待ってないですから」


「そっか。それなら良かった」


 本当は着替え等の準備に時間がかかり過ぎて普通に部屋を出るのが遅れただけなのだが……黙っておこう。

 とりあえず怒ってはいないようで一安心だ。


「というか、それよりも……」


 美玖の視線は、俺の着ている服に向かう。


「すごい……めっちゃ可愛い。それ……私服ですか?」


「私服……なのかなぁ……?」


 俺は今、いわゆるゴスロリ服という奴を身に纏っていた。

 ちなみに当然俺の意思ではなく、莉音の指示だ。

 曰く、『不知火結月』の解釈に合わない服は着て欲しくないのだとか。

 だからってゴスロリって……極端だよなぁ……。

 お陰で移動中の電車の中、周りの視線が痛かった。


「まあ、こっちにも色々あるのよ……」 


「色々、ですか……?」


 美玖はなんとも釈然としない表情を浮かべていたが、こっちとしてはこれ以上突っつかれるとどんなボロが出るか分からないから、触れないで頂けるとありがたい。


「さ、行こうか? まずはどこからだっけ?」


 俺は会話の流れを遮って歩き出す。

 その後ろを美玖もついてくる。


「ええと、行きたいところはいっぱいあるんですけど……まずは『ワニメイト』とか、ですかね……」


 ――ワニメイト。

 アニメグッズを取り扱っている大型専門店だ。


 何度かSNSでやり取りをしているうちに、美玖は結構なアニメやサブカル好きであるということが分かったのだ。

 しかも作品の趣味が俺とそこそこ共通していたため、意外と話が合った。

 だから、一緒にアニメグッズ巡りをしようということになったのである。


「よし、じゃあそこから行こうか」


「はい!」


「何かお目当てのグッズでもあるの?」


「うーん、特にはないですけど……『プロジェクトワールド』の赤柳秋也くんのグッズが合ったら買いたいなぁ……」


 プロジェクトワールドとはスマホの音ゲーである。音ゲーでありながら、その高いストーリー性で人気を獲得しているゲームだ。ちなみに俺もプレイしている。

 それにしても、赤柳秋也か……。


「美玖って、そういうキャラが好きなんだな……」


 赤柳秋也はクール系無口キャラといった感じの人物なのだ。

 つまり、美玖はクール系が好き、と……。


「ちちち、違います! ただ、人知れず頑張ってる姿とか、クールだけど時々抜けてるところとかが、可愛いなあって……」


「ふぅん……」


 まあ、別になんでもいいんだけど……。

 ……って、待てよ?

 確か美玖ってVtuberの中では『不知火結月』が推しなんだよな……。

 ということは、俺って自分でも知らないうちに、クールな雰囲気を醸し出していたってことか……?


「フッ……俺も罪なVtuberだぜ……」


「……? なんか言いました?」


「い、いや、なんでもない」


 あぶねえ。美玖には自分が不知火結月なのは内緒だった。

 特に彼女にバレると後々面倒そうだからな……気を付けよう。


「ワニメイトって、Vtuberのグッズとかもあるのかな?」


 俺がそう尋ねると、美玖の顔が微妙に引き攣るのが見えた。

 なんだ……?


「さ、さあ……あるんじゃないでしょうか? でも、結月ちゃんのグッズは見たことないですけど」


「あーね……」


 ま、そりゃないだろうな。本人である俺も知らない訳だし。

 ……もっとも、莉音が勝手に出していたとしたら、その限りではないが。


「まあ、今日は時間も沢山あるし、色々見て回ろうか?」


「ふふ、そうですね――」


「――そういえば、ずっと気になってだんだけどさ」


 俺は、美玖の言葉を遮るように言う。


「はい?」


「美玖ってさ、ずっと俺に敬語だよね?」


 美玖は出会ってからというもの、ずっと俺に対して敬語だった。対して、俺は完全にタメ語だ。

 その一方で体格はどう考えても俺のほうが幼いもんだから……なんていうかこう、ものすごい歪だった。


「美玖って何歳?」


「その……にじゅう……ごにょごにょ……です」


 ……え? なんて?

 でも、確かに20という数字は聞こえた。

 ということは……間違いなく俺よりも上だった。


「なんだ、やっぱり俺よりも年上じゃん。だったらさ、敬語使うのやめなよ」


「え、でも……」


「ほら、良いから」


 俺がそう促すと、美玖は少し戸惑っていたようだが、やがて覚悟が決まったように言った。


「うん、分かった……よろしく、ね?」


 んー、まあ……ちょっとぎこちない気がしないでもないけど良いか。


「よし、じゃあ行こうぜ――」


「あっ――」


 俺は美玖の手を引き、ワニメイトへと向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る