#12『バーチャル美少女、誘われる』

「――お姉ちゃん、居るー? 入るよー?」


 また例によって、莉音が俺の部屋にやってきていた。

 俺はまだ何も言っていないのに、莉音は勝手に部屋の中まで侵入してくる。まあ、今に始まったことじゃないからもう何も良い気は起きないが。


「おはよう、莉音ちゃん」


 先に俺の部屋に楓ちゃんが、莉音に声を掛ける。


「おー、楓来てたんだ」


 莉音は楓ちゃんの姿を見て、感嘆の声を漏らす。


 ……結局あの後、楓ちゃんは俺の弟子になるという決断をした。

 彼女の中に様々な葛藤があったことは想像に難くない。その上でその決断をしたのであれば、最早俺に何も言うことは無かった。

 ……まあ、俺に何を教えられるのかと問われると、はっきりとは答えられないが。

 そういうのは、おいおい考えていけば良いだろう。


「それにしても……」


 莉音は、部屋をぐるりと見渡す。


「部屋、随分と綺麗になったねぇ」


 莉音の言う通り、部屋の様子はガラリと変わっていた。

 いや、元々そんなに汚くは無かったよ?

 汚くは無かったけど、何というか……今までは典型的な一人暮らしの男の部屋、みたいだったのが……今は美少女の棲み家と言っても違和感がないくらいには隅々まで整理整頓が行き渡っていた。


「これ、全部楓がやったの?」


「うん……何か出来ることがないかなと思って……」


「そっかぁ、なるほどねぇ……やっぱり持つべきものは弟子、という訳か」


 莉音は妙に感心した様子で呟く。


「で……? 莉音、お前は何しに来たんだよ?」


「何って、別に大した用はないけど……強いて言えば生存確認かな。ほら、お姉ちゃんって、コミュ障の癖に寂しいと死んじゃう動物だから」


 おい。

 俺はウサギか何かか。


「でも、楓も来てくれるなら、しばらくは大丈夫そうかな」


「うん、師匠のお世話は弟子の役目だから」


 それで良いのか、楓ちゃんは? いやまあ、ありがたいですけれども。


 というか、話してると喉が渇いてきたな……。


「おい弟子。茶出してくれ、茶」


「は、はい!」


 俺の声に反応して、楓ちゃんは冷蔵庫から麦茶を出しコップに注いで持ってくる。


「師匠、お茶です」


「うむ、ご苦労」


 俺は受け取った麦茶を豪快にあおる。

 冷蔵庫でキンキンに冷やされた麦茶が喉を潤した。

 びやぁー、美味い! やっぱり弟子が淹れた麦茶は、一味違いますよー!

 やっぱ弟子を取って良かったわ。


「おい弟子よ、肩揉んでくれない?」


「はい、かしこまりました!」


 楓ちゃんに肩を揉まれる俺を、莉音が何か汚いものを見る目で見ていた。


「な、なんだよ……?」


「はぁー……、忘れてたけど、そういえばお姉ちゃんって、根がガチクズだったわ……」


 なんだと?

 人聞きの悪いこと言うな。


「ねぇ、楓。今からでも弟子になるの取り消さない? このままだと一生お姉ちゃんにこき使われるよ?」


 しかし莉音の提案に対し、楓ちゃんは首を横に振る。


「ううん、いいの。これは私が好きでやってることだから。それに、お姉さんが喜んでくれたら私も嬉しいし」


 天使かよ。


「あ、ごめん……肩揉むのもういいわ……」


「え? あ、はい」


 なんか……ほんのちょっとだけ。

 罪悪感がやばかった。


◇◇◇◇


 しばらく3人で駄弁っていると、不意に俺のスマホの通知音が鳴った。

 どうやらSNSにメッセージが届いたらしい。


「あら、珍しい。お姉ちゃんに誰かから連絡が来るなんて」


 うるさいよ。

 俺にだって誰かから連絡くらいくるわ。

 まあ……大半は莉音からではあるが。


 しかし莉音は今この場にいる。

 となると、他に俺に連絡を入れてくるような人間は……。


 俺はスマホの通知を見た。

 その差し出し人のところに書かれていた名前。

 それは……天童美玖だった。


 その名前を見て、一緒に画面を覗き込んでいた莉音は呟く。


「天童美玖……ああ、いつだかの道端で会った人だ」

 

 そう。

 この前出来た、俺の友達(?)だ。


「お姉ちゃん、連絡続けてだんだ」


「まあな」


 何度かやりとりしていて気付いたのだが、彼女とは何となく話が合うのだ。趣味が似通っているというか……。

 だから、なんだかんだで今日の今日までやり取りが続いていた。


「なんて来たの?」


 莉音は人の会話を盗み見る気満々でそう聞いてくるが……まあいい、見られて困る内容も無いだろうし。


「どれどれ……」


 メッセージにはこう書かれていた。


『今週の週末、お暇ですか?』


 なんだ……?

 まあ、暇か忙しいかで言えば、確実に暇ではあるが……。


「えー、なになに? 週末の予定聞かれてるじゃん! ちょっと貸して!」


「あ、ちょ――!?」


 莉音にスマホを奪われる俺。

 そして、勝手にメッセージを打ち込まれる。


「おい、返せよ……!」


「いいからいいから」


 莉音が送信ボタンを押すと、


 ――ピコン♪


 それから1分も経たずに返信が来た。


「あ、来た」


「見せろよっ……!」


 莉音からスマホを奪い返した俺は、美玖から来たメッセージに目を通す。

 そこには。


『良かった! それじゃあ今度の日曜日、遊びに行きませんか?』


 そんなことが書かれていた。


 ……遊びに?


 え?

 また外出するの、俺――?

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