#11『バーチャル美少女、弟子を取る』

「――私を、お姉さんの弟子にしてください……!」


 ――突然楓ちゃんから放たれた言葉。

 それは俄かには信じ難いものだった。


 俺の、弟子……?

 この子……本気で言ってるのか?


 だが……俺を真っ直ぐと捉えたこの子の目は、どう見ても冗談を言っている目ではなかった。

 たぶん、本気なのだろう。

 しかしなぁ……。


「俺……キミに教えてあげられることは何も無いんだけど……」


 正直言って、俺は成り行きでVtuberをやっているに過ぎない。そこには技術もないし、ノウハウもないのだ。だから、何かを教えて欲しいと言われても、俺には何もない。

 第一、Vtuberになりたいというのであれば。


「……俺よりも、莉音に相談したほうがいいんじゃないか?」


 俺をVtuberに仕立て上げたのは、莉音だ。俺なんか莉音に言われるがまま配信を始めただけなのだから。

 ならば莉音なら、その辺のことも詳しいだろう。

 俺もよく知らないが……その界隈の交友関係も広いみたいだし。

 しかし俺がそう言うと、楓ちゃんは俄かに首を横に振った。


「何度かそういう話をしようとしたことはあります。でも……私がそういう話をしようとすると、いつもすぐにはぐらかされるんです……」


「……」


 なるほど……。

 これは、たぶん……莉音は気付いているな。

 そういうところは目敏いからな、アイツは。

 で、そんな子をわざわざ俺の元に連れてきたということは……面倒事を俺に丸投げしようとしていると考えて、まず間違いないだろう。

 莉音の奴……姉を良いように扱い過ぎだろ……。


 はぁ……どうしたもんかね……。

 俺はまるで判決を待つ被告人のように俯く楓ちゃんに言った。


「……正直俺も、自分のことで精一杯なんだ。だから、師匠なんて大それた真似は出来そうもない」


「でもっ……!」


「――でも本当に、本気でVtuberになりたいってことなら、俺は応援してあげたいとは思う」


「え……?」


 この子がVtuberになりたいという気持ちはたぶん、本物だ。

 それは彼女と話をしているあいだにも、ひしひしと伝わってきた。

 だったら、俺は……それを無碍には出来ない。


「だから……何かアドバイスをするくらいだったら、してあげても良い」


「本当ですか!?」


「ただし――」


 俺は、楓ちゃんに――一つの条件を突き付ける。


「――どこかの事務所に所属すること。これが条件だ」


 Vtuberには大きく分けて2つある。ひとつは俺のような、個人で活動している個人勢。そして――もうひとつが企業勢。事務所に所属しているVtuberだ。


「え? でも……」


 楓ちゃんは、俺の言葉に困惑した表情を浮かべる。

 まぁ、言いたいことは分かる。

 俺自身が個人勢だから、当然自分も個人勢としてやっていくつもりだったのだろう。

 しかし。


「……悪いけど、俺自身――個人でやっていてどうしてここまで伸びたのか分からないんだ。ぶっちゃけただのマグレなんだと思う。だから、そんな道に楓ちゃんを引き込むことは出来ない」


 もちろん個人で活動しているVtuberは他にも何人もいる。だが、そのほとんどは知名度のない泡沫のような存在だ。

 いつ売れるかも分からず、ずるずるとVtuberを続けるくらいなら……事務所に運命を委ねた方が幾分かマシだ。


「でも、じゃあ私どうしたら――」


「――確か、大手事務所の『ステラノーツ』……あそこ、オーディションやってたでしょ?」


「は、はい」


「あそこのオーディション、受けてみなよ」


 StellaNautsステラノーツ

 それは、数あるVtuber事務所の中でも、最大手と言っていい存在だ。

 そこの事務所に所属出来れば、ある程度の人気は約束されるだろう。

 だが。


「……少し考えさせてもらっても良いですか?」


 楓ちゃんは、俺の提案にすっかり言葉を失い、絞るような声でそれだけを漏らした。


「分かった。……じゃ、俺もちょっとお手洗いに行ってくるから、そこで待ってて」


「はい……」


 楓ちゃんの返事を聞いた俺は、そそくさと席を立つ。

 ……楓ちゃんはどんな答えを出すのだろうか。

 もっとも、どんな結論になったとしても、俺がとやかく言うことではないが。


◇◇◇◇


 俺がトイレに向かうと、莉音がトイレの入り口に立っていた。

 俺の姿を見つけて、複雑そうな笑みを漏らす。


「お前……聞いてたのか」


 いつまで経っても戻ってこないから何をやってるのかと思ったら……。


「やっぱりお前、知ってたんだな。楓ちゃんがVtuberになりたがってること」


「はは、バレたか」


 莉音は、ペロっと舌を出して戯ける。


「知ってたんだったら、俺の時みたいにプロデュースしてやれば良かったじゃねえか」


「んー……でもそれは、友達として取るべき行動としては違う気がしない?」


「はぁ? 俺のことはノリノリでプロデュースしてた癖に」


「だってお姉ちゃんは特別だから」


 特別……?

 なんだそれ?

 だが、おれがその意味を問いただす前に、莉音は言葉を続けた。


「楓にオーディション受けさせるつもりなんだ?」


「その方が手っ取り早いだろ。そこからデビュー出来れば、人気になるのも早いだろうし……落ちた場合は、諦めもつく」


「なるほど」


 莉音は俺の言葉に納得したように息を吐いた。


「私、実は楓に諦めて欲しかったんだねよね。だから、お姉ちゃんに引き合わせた。お姉ちゃんが、諦めるように言ってくれるのを期待して。でも――」


 莉音の目は、俺を真っ直ぐ捉える。

 俺はその視線に、刺し貫かれるような思いがした。


「――でも、お姉ちゃんはある意味、私よりも酷なこと言ってるよね」


「……うっせーな」


「とりあえず、楓のことは任せたからね」


「はぁ? ちょ――」


 莉音は俺の声を聞かず、テーブル席へと戻っていく。


 ……。


「はぁ……」


 ……くそ。

 莉音の奴。

 面倒なこと、押し付けやがって……。

 

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