#10『バーチャル美少女、お願いされる』

 莉音に促されるように、俺たちは近くのハンバーガーショップに立ち寄る。


 それにしても……一体何なんだこの状況は。

 

 俺たちが座ったのは4人がけの席。

 テーブルを挟んで俺の向かいには――女子高生2人。

 1人は飽きるほど見た顔だが、もう1人は……全くの初対面。見知らぬ少女だった。


 活動的なイメージの莉音とは対照的に……随分と大人しそうな子だ。

 お世辞にもお洒落とは言えない黒縁メガネに、肩まである髪の毛を後ろで2つに結んでいる。どこか芋っぽいという印象を受ける女の子だった。

 まあ……素材は悪くなさそうだが……。


「あっ!」


 莉音が突然声を上げる。


「お姉ちゃん、また照り焼きバーガー頼んだの? 毎度のことながらよく飽きないねぇ」 


「……別にいいだろ。美味いんだし」


「いや、いいけど……なんていうかお姉ちゃん、舌が子供だよね」


 うるせぇ。


「太るよ?」


 くっ……。


「今日は良いの!」


 まったく莉音の奴、人のやることなすことにいちいちケチつけやがって……。


「……で? 用件はなんだよ?」


 俺がハンバーガーを貪りながら尋ねると、莉音はとぼけた顔をする。


「え? 用件?」


 いやいや、何だよその反応は。


「わざわざ俺を呼び出したってことは、何か用があったんだろ?」


「あー……」


 すると莉音は、とんでもないことを口にする。


「ないよ? 別に用なんて」


 …………は?

 何言ってんの、コイツ??


「帰る」


 席を立とうとした俺は、莉音に腕を掴まれていた。


「まあまあ、話は最後まで聞いてよ」


「はぁ? どういうことだよ?」


「私にはなくても、この子にはあるのよ」


 そう言った莉音が視線を向けたのは、隣に座っている少女。

 莉音と同じ制服を身に纏う少女。

 ということは必然的に莉音と同じ学校に通う生徒だということになるが――それはつまり、俺との面識は100パーセントないということを意味していた。俺は莉音の私生活に一切干渉したことがないからだ。


 でも、だとしたら……この子が俺に用があるというのもおかしな話だ。

 どうして俺なんかに……?

 

 少女は様子を伺うように、俺をチラチラと眺めていた。

 そんな彼女に、莉音は声を掛ける。


「ほら、お姉ちゃんに言いたいことがあるんでしょ?」


 すると少女は莉音の言葉にゆっくりと呼応するように頷いて、そして俺に向かって言った。


「私、桐生楓きりゅうかえでって言います。それで、あの――」


 そして少女――楓ちゃんが次に放った言葉に、俺は耳を疑った。


「――莉音ちゃんのお姉さん……Vtuberの不知火結月なんですよね……?」


 は……?


「なんでそのこと知って――」


 だがそう言いかけた瞬間、すぐにその理由を悟る。

 この子が俺のことを知る理由なんて、ひとつしかないじゃねーか。

 俺は莉音を睨みつけ言った。


「お前まさか……俺のことこの子に喋ったのか……!?」


 莉音は申し訳なさそうな顔をする。


「あはは、ごめん……会話の成り行きでつい……」


 ついじゃないだろ、ついじゃ……!


「俺前々から思ってたけど……お前って結構口軽いよな……」


「安心して! 口が軽いのはお姉ちゃんのことに関してだけだから!」


 1ミリも安心できないんですが……。


「はぁ……まあいいや。それで? 俺に何の用なワケ……?」


 俺は再びもう1人の楓ちゃんの方に視線を戻した。

 もうバレてしまったのは仕方がない。それについて莉音に文句を言うよりも、まずは目の前の彼女だ。

 楓ちゃんは俺の姿を眺めつつ、キラキラした表情で答えた。


「私……実はVtuberを見るのが大好きで……莉音ちゃんからお姉さんがVtuberだって話を聞いたものですから……どうしてもお会いしたく……!」


「は、はぁ……」


「しかもあの不知火結月ですよね!? あの人気上昇中の!」


「えっと、まあ……」


 すると楓ちゃんはどこからともなく色紙とペンを取り出して、俺の前に突き出した。


「宜しければぜひ、サインを頂けませんか……!?」


 なるほど……。

 つまりこの子はただのVtuber好きで。

 たまたま身近にVtuberがいることを知ったから、会いたかったと。そういうことか。

 なんとなくもっと大きな話じゃないかと身構えていたからか、拍子抜けだった。


 まあ、別にサインくらいいいが……。

 でも、書いたことないぞ、俺。


「ほら、いつもノートに練習してるやつ、書いてあげればいいじゃん」


 莉音、お前……!

 勝手に机の引き出し開けやがったな……。


「ちっ……わかったよ……」


 俺は楓ちゃんの手から色紙とペンをぶん取ってそこに『不知火結月』と書き――最後に楓ちゃんの名前を添える。


「ほら、これでいいか?」


「わぁ……ありがとうございます!」


 良かったな。

 まだ世界に1枚しかない超プレミア物だぞ。


 それにしても、俺のあげたサインを眺めながら嬉しそうにしている楓ちゃんを見ていると……本当にVtuberが好きなのが伝わってくる。

 本当に、異常なくらい――。


「――そういえば、不知火結月って中身は女の人だったんですね。バ美肉を自称してるのに」


 うっ……。

 また痛いところを……。


「それは……深い事情があってだな――」


 そこから楓ちゃんが納得するまで、ひたすら言い訳を並べ立てることになるのだった。


◇◇◇◇


「――ごめん。私、ちょっとおトイレ行ってくるね」


 不意に莉音が、そう言って席を立つ。

 途端に、楓ちゃんと2人きり。


 ――って、ちょっと待ってくれ。

 今日会ったばかりの女の子と2人きりなんて、無理なんですけど!?

 今まではあいだに莉音がいたからギリギリなんとかなっていただけで……莉音が抜けたら、会話を続ける自信なんて全くない。


 案の定、俺と楓ちゃんとのあいだには沈黙が下りる。

 気まず過ぎる……!

 何か話しかけないと……!!


「ほ、本日は大変お日柄も良く――」


「――お姉さん」


 突如楓ちゃんが声を発する。

 だが、そこには先ほどまでの和やかな雰囲気はない。彼女の表情も、どこか真剣だった。


「あの、今日はすみませんでした。迷惑でしたよね……急に会いたいなんて言って」


「いやぁ、まぁ……」


 ――そんなことないよ!

 とは、口が裂けても言えない。

 事実、ここに来るまでの俺は不満タラタラだったから。


「でも、莉音ちゃんのことは責めないであげてください。私が悪いんです。イラストレーターの莉音ちゃんなら不知火結月ちゃんの正体も知ってると思って、会わせてくれるように無理を言ったのは私なんですから……。まあ、実のお姉さんだったとは思いませんでしたけど……」

 

「どうして――」


「え……?」


「――俺なんかに会いたかったんだ?」


 楓ちゃんの言葉の節々には、どこか執念みたいなものを感じる。

 どうしても俺に会いたかったという。

 でもそれは、俺の熱狂的なファンだとか、そういう類いのものではないような――上手く言えないが、奇妙なものを感じたのだ。


 楓ちゃんは、俺の問いに答えた。


「私、Vtuberのことが大好きなんです」


 それは、さっきも聞い――、


「Vtuberは、私の憧れなんです」


 憧れ……?


「――私も、Vtuberになりたい」


 ……え?

 いま、なんて……?


そして、楓ちゃんは……俺に向かって深々と頭を下げてこう言うのだった。


「お願いします……私を、お姉さんの弟子にしてください……!」


 うぇ……? 

 …………ええええぇぇ!?

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