#8『バーチャル美少女、友達ができる』
「――私は、この子のママです!」
「え……?」
莉音の突然の宣言に、向かい合っていた女性は凍りつく。
元来、Vtuber界においては、キャラデザを担当したイラストレーターのことを、『ママ』と呼ぶ。
なので……『不知火結月』から見れば、莉音――『霧島れおん』がママであるというのは、間違ってはいない。
いないのだが……。
今そんなこと言ったら、余計にややこしくなるじゃねーか!
俺は急いで莉音の首根っこを掴んで手繰り寄せ、耳打ちする。
「おい、何言ってんだよ……! 俺が『不知火結月』ってことは内緒だろ……!」
「あ、そっか……ごめんごめん」
どうやら分かってくれたらしい。
莉音は再び女性に向き直り、あまりの衝撃に硬直している女性に対して、再び告げる。
「ごめんなさい、訂正します。私、この子の……――心のママです!」
――心のママ!?
何それ、初めて聞くワードなんですけど……!?
某ガキ大将が言うところの、心の友的な……?
「こ、心のママ……?」
ほら見ろ、彼女のほうも若干引いてるじゃねーか。
「それって、もしかして……あなたも『不知火結月』最推しってことですか!?」
いや、なんか通じたっぽい……!
なぜか心が通じ合った2人は、お互いに手を取り合う。
「ということは、あなたもですか?」
「はい!」
2人の間には、謎の結束感が生まれていた。
って、おーい。
俺を置いてけぼりにするなー。
そんな俺の嘆きが彼女たちに届くことはなく……俺そっちのけでオタク談義に花を咲かせること、数分。
「――お姉ちゃん! なんかこの人、良い人っぽい!」
俺…… ミイラ取りがミイラになる瞬間を初めて目撃したよ。
……いやいやいや、良い人は無理あるでしょ!?
「こいつ、俺のことずっと付けてきたんだぞ!?」
「それには深ーい事情があるんだよ。ヒマラヤ山脈よりも高く、マリアナ海溝よりも深い事情がね」
莉音はそう言って女性の手を引っ張り、俺の目の前に連れてくる。そして、彼女の背中を押した。
女性はしばらくモジモジとしていたが、やがて決心したように俺に告げる。
「実は私……不知火結月ちゃんのことが、大好きなんですっ!!」
「うん」
「……」
「……それで?」
「え? それだけですけど」
いや、浅っっっ!!
というか、俺が不知火結月である前提で話が進んでるけど……別に俺、不知火結月だとは一言も言ってないしね! いや、不知火結月ではあることは事実なんだけど……あー、ややこしいなあ、もう。
「あの、ジョンさんって……この前テレビに映ってましたよね?」
「え? まあ、うん」
いやまあ、ジョンさんではないんだけど……もう訂正するのも面倒だし別にこのままでいいか。
「……私、不知火結月が最推しなんです。それで、あなたが映っている映像を見た時、めちゃくちゃ結月ちゃんに似てるなって」
……ああ。
薄々勘付いてはいたが、やっぱり昨日のテレビ出演のせいだったのか。登録者が増えてちょっとだけ浮かれていたが、やっぱりその代償は大きかったらしい。
「それで、取材されてた街に行けば、もしかしたら会えるかなーと」
……で、まんまと網にかかってしまった訳だ。
いや、懲りずに出歩いた俺も俺かも知れないけどさぁ。
「なるほどね……事情は分かったけど。でも、付きまとってくるのは感心しないな」
「はい……すみません……」
俺の言葉に、女性は少しシュンとなる。
しかし、そこにすかさず莉音が、彼女の肩を持つように言った。
「でも私もこの人のこと、分かるなぁー。もしかしたら推しに会えるかもと思ったら、抑えなんて効かないもん。この人と同じ立場だったら、私も同じことしちゃうかも」
うーむ、そういうもんなのか……?
俺は今まで推しがいたことがないから、その辺の感情はよく分からんのだけれども。
「っていうか、俺……本当は不知火結月のコスプレしてる訳でもないんだけどな……」
すると女性は驚きに目を見開く。
「え? コスプレじゃ無いんですか? 見た目もそっくりだし、喋り方とかも結月ちゃんそっくりなんですけど……」
まぁ、俺だからね!
キャラクター性ガン無視で配信をしていたツケが、今更になって回ってきた感じか……。
「ま、まあ、そこは……他人の空似ということで、どうかひとつ……」
「んんー……?」
女性はどこか納得のいっていないような顔だった。
だが、そこに助け舟を出すかのように、莉音が口を挟む。
「私が不知火結月のファンだから、お姉ちゃんに無理言って結月の真似してもらってるんです」
「はぁ、なるほど……?」
莉音の言葉に――まだ釈然とはしていないながらも、一応は納得はしてくれたようだった。
「という訳だから、今後は不用意に人を付け回さないように」
「はい……気をつけます……」
何にせよ、一旦は危機回避か。
莉音が来てくれなかったら、一体どうなっていたことか……。
っていうか、飯買いに行っただけのはずなのに、めっちゃ疲れたんだけど……。
また変なことに巻き込まれないうちに、さっさと帰ろう。
「……帰るぞ、莉音」
「え? うん」
俺は莉音に一言声を掛け、踵を返す。
だが……歩き出したところで、
「あの……待って……!」
女性に、再び声を掛けられていた。
「……なんですか?」
彼女は、何かを言いかけては言い淀むのを繰り返していたが……やがて俺の目を真っ直ぐに見据えて言葉を紡いだ。
「私と……お友達になってくれませんか……!?」
「へ……?」
友達……?
…………うぇ!? 友達!?
「俺と、あなたが……?」
「はい……」
「なんで……?」
「私の周りには、不知火結月のこと知ってる人があんまりいなくて……だから私、ずっと一緒に語れる人が欲しかったんです。ダメですか……?」
「……」
俺は無言で、莉音と顔を見合わせる。
いや、ダメじゃないけど……。
でも今の俺は、『不知火結月』そのものな訳で……結月のファンであるという彼女の提案を受け入れることが得策じゃないのは、どう考えても明らかだった。
でも話していて思ったけど……俺は彼女が莉音の言う通り、悪い奴じゃないのではないかという気がしていた。
彼女の『不知火結月』愛は、彼女の仕草を見れば見るほど本物で……それを見て俺は、どうしても悪い気がしなくて……。
だから……。
「まぁ、友達くらいなら……」
俺がそう答えると、女性は満面の笑みを見せる。
「ホントですか!?」
……もしかすると俺は、とんでもない安請け合いをしてしまったのかもしれない。
まあでも……何かあったら、その時はその時だ。
「私、
いやだから、ジョンさんじゃないって。
◇◇◇◇
あの姉妹と出会った、数時間後――。
女性――美玖はPCを立ち上げ、とある配信をしていた。
『――ラピス機嫌いいね、なんかいいことあった?』
PCの画面越しにそう問われた美玖は画面に向かってこう答える。
「あのね――内緒♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます