#7『バーチャル美少女、付きまとわれる』
「――不知火……結月ちゃん?」
道端で急に俺のことを『不知火結月』呼びしてきた人物。
それは――見知らぬ若い女性だった。
しかも……付け加えるなら、結構美人だった。
「結月ちゃんですよね?」
女性は俺が不知火結月であることに何らかの確信を得たのか、露骨に距離を詰めてくる。
それに対し、俺は――。
「ナナナ、ナンノコトデスカネ……アハハ……」
メチャクチャ人見知りを発動していた!
だって仕方ないじゃん。
俺は普段、妹以外の人間とまともに話す事などないんだから。
急に話しかけられたら、緊張するに決まってるじゃん!
……それに、この人は俺のことを『不知火結月』と言った。
つまり、俺のことを不知火結月であると勘づいている――もしくは疑っている。
危険人物だと、俺の脳が告げていた。
「はぇー……動画を見た時は半信半疑だったけど、これは本当にそっくりだなぁ……」
逃げなくては……。
「本物の結月ちゃん? それとも――」
「――ジョン・スミスです」
「え? ジョン……何?」
「スミマセン、今ガルガル君を食べてるところなので、話しかけないでもらっても良いですか……?」
「あ、うん……」
俺はガルガル君に齧り付きながら、足早にその場を去ろうとする。
のだが……。
スタスタスタ――。
「……」
スタスタスタ――。
「……」
「……」
嫌あああァァァっ!?
付いてきてるううううゥゥゥ!?
女性は俺の後ろをピッタリと張り付くように付いてきていた。
なんですか、これ?
新手のストーカーですか?
でも相手は女性で……俺も今は少女の見た目な訳ですが。
もしかして……レズですか?
レズストーカーですか?
……いや、そんなことはどうでも良くて。
そうこうしているうちに手元のガルガル君はどんどん小さくなっていき……気付けば棒だけになってしまっていた。
まずい、まずいぞ……。
ガルガル君を食べているという大義名分を失った俺は、再び女性に詰め寄られる。
「それでその……ジョンさん? ……は、こんなところで何してたんですか?」
「あ、いや……」
何してたって言われても……ただアイス食べてただけなんですが……。
「チョット、ソノ……外ノ空気ヲ吸イニ……」
「はぇー、なるほどぉー……」
俺の答えに、女性はどこか納得したかのように息を漏らす。一体何に納得したのかは知らんが。
というか、この人は何者だよ!?
なんで付いてくるの!?
このままでは埒が開かない。
俺は意を決して女性に話しかけた。
「そ、その……」
「はい?」
「なんのご用でしょうか……?」
俺がそう問うと、ようやく自分の異常性に気がついたのだろう。女性はハッと息を呑む。
「ごめんなさい。自分の推しにソックリの子がいたもんだからつい……」
そして女性は、申し訳なさそうにそう呟いた。
だが俺は、そんな彼女のセリフの、ある部分に引っかかりを覚える。
……ん?
推し?
「もしかして……あなたは、『不知火結月』のファンなんですか?」
俺のことを『推し』に似ていると言った。
それはつまり、裏を返せば……俺のファンってことだ。
俺の問いに、女性は少し恥ずかしそうに、こくんと頷いた。
やっぱり……!
「マジっすか! まさかリアルでファンに会えるなんて……!!」
俺は気付けば、女性の手を取って逆に詰め寄っていた。
だって、俺のファンはいつも画面越しにしか存在していなかったから。
Vtuberなんてものをやっているのだから当然と言えば当然なのだが、しかし実体のないただの文字列を眺めていると……本当に俺にファンなんかが実在するのかと不安になってくるものだ。
だから、実際に目の前に自分のファンが存在しているこの状況が新鮮だったのだ。
だけど……その行動を取ったのと同時に、俺は自らの行動が完全に墓穴であることを悟る。
何やってんだああああぁ!! 俺ええええぇ!!
せっかく誤魔化そうとしてたのに、台無しじゃねーか!!
すると俺の発言にしばらくポカンとしていた女性だったが、やがて状況を飲み込んだようで、口を開いた。
「じゃあ、やっぱり不知火結月ちゃんの――」
くそ、万事休すか――。
「――不知火結月ちゃんの、コスプレだったんですね!」
「――……へ?」
……コスプレ?
「ヤバいです! マジレベル高すぎ……!」
……なるほど。
どうやら、彼女は俺のことを『不知火結月』のコスプレをしているレイヤーだと勘違いしているらしい。
そりゃそうか。
俺はバ美肉系Vtuberだ。少なくともそう公言している。つまり本来の俺は男。俺のファンであるならば、それを知らないはずがない。
だから、そういう結論に至るのは、至極当然だった。
でも……ぶっちゃけ命拾いした。
とりあえず、このまま不知火結月のコスプレだと勘違いさせておくしかない。
「い、いやー、分かりました……? じ、実はそうなんすよー、アハハ……」
ぎごちなすぎ……!
俺のバカァ!!
こんなことなら、小学生の頃の学芸会……もっとちゃんと頑張っておくんだった。
しかし、こんな俺の棒演技にも、どうやら女性は疑いを持っていないようだった。尚もグイグイ迫ってくる。
「良かったら、写真撮ってもいいですか?」
「あ、イヤ……今日はオフなんで……」
「じゃあ、連絡先交換しましょう! 次のコスイベ絶対行くので……!!」
「アー、イヤー……」
相変わらず絶体絶命……!
どうする?
どうすんのよ俺ぇ!?
「――……え、何やってんの、お姉ちゃん」
――そんな時だった。
聞き覚えのある声が、俺の耳に届いたのは。
その声は……!
「――莉音!?」
俺は声のした方を振り向く。
すると、そこにいたのは……確かに妹の莉音だった。
おそらく、俺の部屋に向かおうとする途中だったのだろう。
手にはレジ袋――
助かった……!
やっぱり持つべきものは妹だ……!
莉音は一目見て、俺がピンチに陥っているのを察知したらしい。俺と、女性の間に素早く割って入った。
「あのー、ちょっと離れてもらっても大丈夫ですか? この子、人と話すの慣れてないんで」
「あ、ごめんなさい……そんなつもりじゃ……」
女性は、莉音に言われて、おずおずと引き下がる。
だが、それと同時に彼女は、莉音に尋ねた。
「その……あなたは……?」
莉音は答える。
「私ですか? 私は、この子の――」
そして莉音は、自信満々にこう言い放ったのだった。
「――この子のママです!」
違うよ?
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