#5『バーチャル美少女、拡散される』
「ふぅー、疲れたぁー!」
俺は自分の部屋に帰ってくるなり、エアコンをガンガンに効かせてベッドにダイブした。
お布団の柔らかさが全身を包む。
くぅー……生き返る……。
「ちょっとお姉ちゃん。横になるなら服脱ぎなよ。買ったばっかりなのにシワになっちゃうでしょ?」
「だって疲れたんだもーん」
「疲れたって……別にお洋服買いに行っただけじゃん」
「分かってねぇなぁ……ニートは1日1回行動しか出来ないんだよ。どぅーゆーあんだすたん?」
「なんかよく分かんないけど偉そうだなぁ……」
実際、普段外出は殆どしないのだ。たまに外に出るとしても、コンビニへ食料調達に行くくらいだ。
そういう意味では、今日の外出の精神的負担は半端無かった。
「ハイハイ、訳分かんないこと言ってないでさっさと脱ぐよ。ほら、バンザイして」
「んー」
言われた通りに両手を伸ばした俺から、莉音は器用に服を脱がしてゆく。
服がワンピースタイプだったため、あっという間にスッポンポンになる。残されたのは、同じく今日買ったショーツとブラだけだ。
にしても、このブラってのは、えらく窮屈なもんだ。圧迫感がすごいし、暑苦しい。女性はいつもこんなの付けてんの?
女って大変なんだな。
男の頃の俺は、気にも留めてなかったけど。
「これも脱いだほうが良いの?」
「うーん……脱ぐ人も居るし、どっちでも良いけど……。ちなみに寝る時用のナイトブラとかもあるんだよ? また今度買いに行こっか?」
……超いらねー。
「――ところでさ、さっきは大変だったね」
「ん? ああ、まあな」
買った服をそのまま着用して帰路に着いた時のことだ。
今の俺は、配信用アバターがそのまま具現化したような見た目をしている訳で。
要するに超絶美少女な訳で。
そんな美少女が、可愛らしい服を身に纏っていれば、目を引かないはずが無かった。
しかも運が悪いことに、ちょうどそこに、テレビのカメラクルーが街の取材に来ていた。
――で。
その結果、生まれたのは――突然の地上波デビュー。
俺をの姿を見つけた取材陣が、あろうことか俺にインタビューをしてきたのだ。
逃げようとも思ったのだが、すぐに集まってきた野次馬が阻み、それをさせてくれなかった。
インタビューの内容は、若者に人気のスポットの特集で……どういう目的でここを訪れたのか、とか、そういう取り留めのないものだった。
しかし、長年ニートを生業にしていた俺が、まともに受け答えなど出来るはずもなく――。
俺はコミュ障全開の姿をたっぷりとお茶の間にお送りするハメになるのだった。
更には周囲の視線を一身に浴びるという耐え難い状況のオマケ付き。
普段ひとに見られることに慣れていないニートの俺からすると特に、それは地獄のような状況だった。
「寿命が5年は縮まった気がするな……」
「でも当然だよね。私の渾身のキャラデザだし、目を引かない筈ないよ」
まあ、確かにキャラデザが良いということに関しては同意するところではあるが……。
「というか、見てよお姉ちゃん。お姉ちゃんの映った動画、SNSに上がってるよ!」
「まじ……?」
莉音のスマホを覗き込むと、確かに俺が映った映像を切り取ったものが、SNS上に拡散されていた。
「うわ、祭りみたいになってんじゃん……」
突如TVに映り込んだ美少女に、ネットは大いに盛り上がっていた。
しかも――、
『この子、Vtuberの不知火結月に似てね?』
――ついには、Vtuberの俺に言及する人間すら出てきてしまっていた。
『もしかして、不知火結月本人なんじゃね?』
『でも、結月って中身男じゃなかったっけ?』
……もっとも、真相に辿り着かれる心配は無さそうだったが。
バ美肉Vtuberとして売っていて良かったと心から思う。
「今後は目立つの控えたほうが良いかもね」
「そうだな……」
っていうか、今回の件は完全に取材してたアイツらのせいだけど。
まあでも、用心するに越したことはない。
どこから身バレするかわからんからな。
特に、今の俺は女な訳で……バ美肉Vtuberの中身が女でしたなんてことになったら、軽く炎上しかねない。
そういう意味でも、今後は身の振り方を考えたほうが良さそうだ。
「はぁ――……美少女ってのも意外と大変なんだな……」
「はは、贅沢な悩みだねぇ」
笑い事じゃないぞ、妹よ。
――今日は本当にとんだ1日だった。
されど、たった1日に過ぎない。
むしろ美少女になった俺の苦難はきっと、これから始まってゆくのだろう。
明日の朝になったら、また男に戻っている……なんてことはないだろうか。
そうであれば、ありがたいのだが――。
「――でも、楽しかったでしょ?」
「……まあな」
でも一方で、ずっとこのままでいるのも割と悪くないのかもしれない――そう思う俺も、心のどこかに存在しているのだった。
◇◇◇◇
「――みんなー、今日はありがとう! 乙ラピでしたぁー!」
とあるマンションの一室。
そこである1人の女性が、向かい合うモニターにそんな言葉を発したあと、おもむろに身に付けていたヘッドセットを脱いだ。
「ふぃー。今日もちょー頑張ったぁー……」
モニターに映っているのは、某動画配信サイトの配信画面。彼女は、たった今まで配信を行なっていたのだ。
――そう。
彼女はVtuberだった。
それも――趣味でやっている程度の弱小Vtuberなどではない。マネジメント事務所に所属している所謂『企業勢』――その中でもチャンネル登録者200万人を擁する人気Vtuberとして君臨していた。
彼女のアバター名は、『
この名はVtuberに少しでも興味のある人間ならば、耳に覚えがあるだろう。
それほど有名なVtuberだった。
彼女は配信を終えて一息ついたあと、スマホに同僚のVtuberからメッセージが来ていることに気付く。
『ねぇねぇラピス、X見た? なんか面白いことが起こってるよ』
開いたメッセージには、そんなことが書かれていた。
そして、一緒にリンクが貼り付けられている。
「面白いこと? なんだろ……?」
彼女は、そのメッセージに貼り付けられているリンクから、SNSの画面に飛んだ。
するとそこあったのは、TVのインタビューに答えるある少女の動画だった。
ひどくしどろもどろで、肝心のインタビューの受け答えは酷いものだったけれど。
ネットが盛り上がっているのはそこではなかった。
『なんだこの子? でもめっちゃ可愛い』
『メチャクチャ美少女じゃね?』
一目で目を引くその容姿。
アニメや漫画の世界からそのまま飛び出してきたのかと思ってしまうほどの美少女だった。
そして、彼女には……この美少女の姿に、どこか見覚えがあった。
と、同時に、あるポストが彼女の目に留まる。
『この子、Vtuberの不知火結月に似てね?』
「不知火、結月――」
――その名は、彼女にとって、よく知る名だった。
何故なら……それは、彼女の『推し』の名だったから――。
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