#4『バーチャル美少女、お着替えする』
「――……ところで、莉音」
「ん?」
俺は横に並んで歩く莉音に、気になっていたことを尋ねた。
「今日の用事って、その本を買うことだけだったのか?」
「え? なんで?」
「なんでって、そりゃ……」
そんな本を買うだけなら、別に俺が付き合わなくても問題ないからだ。
俺には絵の知識もなければ、才能もない。そんな奴が買い物に付き合ったところで、力になれることなど殆どないのだ。
現に、莉音が本屋の中にいるあいだ、俺は精肉店のオッサンを揶揄うことに精を出すくらいしかやることが無かった。
それなら、別に俺が付いてくる必要は無かったのではないか?
つまりはそういうことだ。
「今日、別に俺が居なくても良かったろ?」
俺の問いに莉音は、チッチッチと舌を鳴らした。
「一体いつから――目的が本屋だけだと錯覚していた?」
なん……だと……?
「他にも用があるのかよ?」
「うん。っていうか、どっちかって言うと本屋のほうがついで。行く途中で寄れそうだったから」
「ふーん」
ということは、位置的に言って、目的地はこの先か……。
しかし妙だった。
この先には俺が行く必要のある場所があるとは思えなかったからだ。
この先に並んでいるのは、せいぜい小洒落たアパレルショップだけ……。
……って、まさか。
「さ、買いに行くよ、お姉ちゃんのお洋服」
……やっぱりか。
莉音の言葉を聞くや否や、俺は俄かにその場に立ち止まる。
「……行かない」
「えぇ? どうして?」
「どうしてって……じゃあ逆に聞くが、何でわざわざ妹に付き添われて服を買いに行かにゃならんのだ」
「だって、1人だったら絶対に買いに行かないでしょ、お姉ちゃん」
……まぁ、そうかもしれんが。
「でもそっちにある店には女物しかないだろ!」
「いや、今は女の子じゃん」
「んぐ……」
マジで言ってる?
ついさっき女として生きていくことをなんとなく受け入れた俺だったが、女物の服を着るのはまだちょっと抵抗があるぞ。
だが、全く乗り気じゃない俺に対して、莉音のほうは随分とウキウキだった。
「いやぁ、元々はユニシロで普通に男物の服でも買おうと思ってたんだけどさ、突然女の子になっちゃったんだからしょうがないよね」
その莉音の言葉で、俺は全てを察した。
……コイツ。
俺を着せ替え人形にしようとしてやがる……!!
「いやだ嫌だ行きたくないいぃ!!」
「ハイハイ、駄々こねないの、子供じゃないんだから。それに、結局いつかは必要になると思うよ? 自分の今の服を見てみなよ」
莉音に促され、自分の着ている服を見る。それは、男の頃から着ているヨレたシャツとスウェットだった。オシャレもへったくれもない。
「まあ、彼シャツ的なものと思えば可愛くないこともないけど……でも、今後のことも考えたらそれだけじゃ厳しいでしょ?」
「……」
いやまあ、莉音の言うことも一理あるけども。
「それに、さ……」
莉音は少し、言いにくそうに囁いてくる。
「お姉ちゃん、気付いてる……? 服、ちょっと透けてる……」
「……!」
そう言われて、俺は初めて気付く。
そうか……。
男の時はろくに気にしたこと無かったけど。
少し歩いて汗ばんだせいだろうか。
Tシャツの白は、うっすらと内側のペールオレンジを映し出していて。
当然、今の俺はブラなんて気の利いたものを装備しているはずもなく。
完全に無防備な状態と言っても差し支えなかった。
それを自覚した途端、急激に羞恥心が込み上げてくる。
俺は咄嗟に前を腕で隠した。
「すまん莉音。服、見繕ってくれ……」
それを聞いた莉音は満足そうに頷く。
「素直でよろしい。じゃ、いこっか――」
◇◇◇◇
「――……着替えたぞ」
観念した俺は、莉音に連れられるがまま入ったアパレルショップで、莉音の選んだ服にこれまた言われるがまま着替えていた。
「オッケー、じゃあ開けるね」
莉音は更衣室のカーテンを開ける。
「どうだ? これであってるか……?」
当然だが、女性物の服なんて一度も着たことがないからな……。
莉音にそう尋ねるも、
「……」
当の莉音は、俺の姿を見るなり黙りこくってしまう。
「おい、莉音。なんか言えよ……」
「…………めっちゃ可愛い」
そして、急にそう呟いたかと思えば、続けて捲し立てるように言った。
「やばい! めっちゃ可愛い!! マジで天使なんですけど! やっぱりキャラデザ良いお陰かな?」
……どうやらお気に召したらしい。
それにしても……。
「なんでこんな服……」
俺が着せられたのは、至る所にフリルがあしらわれた、やたらとガーリーな服だった。
「見た目が美少女だから、やっぱり甘い系の服が似合うよねぇ。私の見立ては正しかったわ」
「お前、自分ではこんな服全然着ない癖に」
「じゃあ、私が着てたらどう思う?」
「……腹抱えて爆笑するな」
莉音は、どちらかというとガサツ――もといボーイッシュなタイプだ。こういう服はまったく着るイメージがない。
「若干引っかかるけど……まあ、そゆこと。どうせ私が着ても似合わないから。イラスト描く時に資料として欲しいこともあるんだけど、着ないのに買うのももったいないしね。……でも、今後は着る人間がいるから気兼ねなく買えそう」
「なるほどね……」
イラストレーターというのも中々大変なんだな……。
「じゃあ次これに着替えて! 早くしてね、他にも着て欲しい服、いっぱいあるんだから――」
「ちょ、焦んなって――」
――結局俺は、最後まで着せ替え人形に甘んじた。
というのも、最初は乗り気じゃ無かったが、後半は自分でも楽しくなっていたのだ。
自分で言うのもなんだが、確かに結構似合っていたから。
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