#3『バーチャル美少女、お出かけする』
「――おじさん、メンチカツひとつ!」
外に出た俺が訪れていたのは、近所の商店街にある精肉店。その店前に出ているショーケースの中には、ガラス越しにもいい匂いが漂ってきそうな、揚げたてのメンチカツとコロッケが並んでいた。
俺はそのショーケースを眺めながらメンチカツを指差し、しかし悩ましげな表情をチラつかせながら、店主のオッサンにアピールする。
「うーん、でもこっちこのコロッケもいいなぁ…… 」
こう言えば、ここのオッサンは必ず動くはずだ。
「ネエちゃん、可愛いね! オマケに一個サービスしてあげるよ。コロッケも持っていきな!」
ほうら、来た。
「えぇ!? ホントですかぁ!?」
俺は大袈裟にリアクションを取りつつ、しかし確実にオッサンの手からメンチカツとコロッケを掠め取る。
そして、ホクホク顔で店を後にした。
「……へへ、ちょれーもんだぜ」
1個分の金額で、メンチカツとコロッケ両方ともゲット。
こんなことが出来るのも、美少女化したお陰だった。
突然美少女になってしまい、元に戻る方法はさっぱり見当もつかない。
だったら元に戻る方法が見つかるまで、今の姿を有効活用するほうが建設的ってものだ。
「……何やってるのさ、お兄ちゃん」
気付くと、目の前に莉音が立っていた。
「おー、莉音。買い物は終わったのか?」
莉音の手には、本屋の店名が書かれたビニール袋が下がっていた。
「まぁね、探してたものは無かったけど」
「ふーん」
どうやら莉音はイラスト用の資料を探しに来たらしかった。俺はその辺に疎いのでよく分からないが、妹の浮かない表情を見るに、大した収穫はなかったのだろう。
「じゃあ、行こうぜ」
俺は莉音にそう促し、歩き出す。
「あ、うん」
莉音は俺のあとを追うように付いてくる。
「……ところで、それは何?」
「ん?」
莉音の視線は、俺の手の中にあるメンチカツとコロッケに注がれていた。
「ああ、これか。あの肉屋のメンチカツ、美味いからたまに買うんだけどさ……あそこのオッサン女性びいきが凄いんだよ。だから、逆に利用してやった」
オッサンの奴、俺の中身がヤローだと知ったら一体どんな顔をするだろうな。その顔を拝めないのが、残念でならない。
「ひぇー、流石お兄ちゃん……。みみっちいというか、なんというか……」
「あーあ、そんなこと言っていいのか? せっかくお前にコロッケ分けてやろうと思ってたのに」
「えっ?」
俺は、コロッケの入った袋を莉音の目の前でチラつかせる。
「もったいねーなー。ここはコロッケもメンチカツと同じくらい美味いのに」
「うぐ……何が望みだ、我が兄よ……」
「別に? ただ、『お兄ちゃん、だーいすき♡』って言ってくれたら、あげる気にもなりそうってだけ」
すると莉音は険しい顔で、何かをブツブツと呟いたが、やがてようやく言う気になったのか、
「………………お、おに、おに――」
「えー? よく聞こえないなぁ? もっとハッキリ言ってくれないと」
そんな俺の挑発に莉音は、
「――だーっ! そんなこと言えるかぁーっ!!」
顔を真っ赤にしながら、そう叫んでいた。
流石ちょっと揶揄いすぎたか?
ったく、しょうがねぇな……。
俺は、妹の手にコロッケを持たせた。
「え……?」
「やるよ。どうせ2個も食い切れねーだろうし」
……別に他意はない。
少女化した身体が、思ったよりも油っこいものを受け付けなくなっていることに気付いただけだ。
だから別に最初から莉音にやるつもりだった訳ではない。
そう、決して。
「……お肉屋さん騙して掠め取ってきただけの癖に、偉そーに」
「あ? なんだ要らねえのか? だったら返せ」
「いるいる、要ります!」
莉音は、コロッケを取り返そうとする俺の手から逃れるために距離を取り、
「……べー!」
そして俺に向かってあっかんべえのポーズをとってくる。
やれやれ、恩を仇で返されるとはこのことだな……。
まあ、別にいいけど。
「行くぞ、莉音」
「お兄ちゃん」
「ん?」
「……ありがと」
……全く、素直じゃない奴だ。
◇◇◇◇
実を言うと……美少女の姿で外を出歩くことに、最初は若干抵抗があった。
だって、この姿のまま外の世界に触れてしまえば、自分が女になってしまったことを自覚せざるを得なくなってしまうからだ。
自分が女であることを受け入れなければいけなくなる。
妹の前では強がって見せても、内心はやっぱり不安だった。
女としてやっていけるのか。
女である自分を、自分自身で受容できるのか。
ましてや、普段は引きこもって外界から隔絶された環境に身を置いている俺だ。その意味の深刻さは顕著だった。
だけど……実際に外に出てみると、その心配は杞憂だったことを知る。
周囲からの視線を感じる。
しかしそれは――男の頃に感じていた、ニートを見る奇異の視線とは全く違うものだった。
むしろそれは、女性が綺麗な同性を見た時の眼差し。あるいは、男性が好みの異性を見た時の眼差し。
そんな視線は今まで感じたことはなかったから。
意外にも、悪くないかも、と思ってしまった。
……要するに、気分が良かったのだ、俺は。
2人で歩いていると、不意に莉音が言った。
「――ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「女の子になった訳なんだからさ、お兄ちゃん呼びって変じゃない?」
「……まあ、確かに」
莉音の言うことはもっともだ。
もっとも、なのだが……。
「じゃあなんて言うつもりなんだ?」
俺がそう問うと、莉音は初めから決めていたとでも言わんばかりに即答した。
「お姉ちゃん!」
お姉ちゃん、ね……。
「いやー、実はずっとお姉ちゃんが欲しかったんだよねー。だから、良いでしょ?」
「……好きにしろ」
莉音の『お姉ちゃん』呼びを許容してしまうと、それこそ自分が女であることを、一層自覚することになるだろう。
だけど俺はそれを、案外すんなりと受け入れることが出来る気がしていた。
……まあ、なるようになるさ、と。
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