#2『バーチャル美少女、現実を受け入れる』

 そもそも、なぜ俺がバ美肉Vtuberなんてことをやっているのか。

 その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある。

 ……というは冗談だが、実はそこそこ複雑な理由があった。


 というのも、その全ての元凶は、我が不肖の妹――莉音りおんにあった。

 いや、不肖というよりも……むしろその有能さゆえ、と言ったほうが正しい。

 何を隠そう莉音は、まだ高校生という若さでありながら、既に有名イラストレーターとして名を馳せているのだ。

 『霧島きりしまれおん』と言えば、この業界に少しでも興味のある人間であれば、聞いたことくらいはあるだろう。


 ネット上では知らない人間はいない。なんでも自身がイラストを担当したライトノベルが売れているらしい。画集も飛ぶように売れてるとか。

 名実ともに人気イラストレーターだった。


 方や兄の俺はというと――親の脛を齧っているだけの引きこもりニート。これ以上に俺を表す言葉は存在しない。

 親の所有しているマンションの一室を与えられ、必要最低限の仕送りを貰い生活している。

 親からすればきっと……これ以上顔も見たくない、しかし勝手に死なれるのも目覚めが悪い――これは、きっとそういうことなのだろう。


 兎にも角にも、我が妹は無能な兄と比べてこの上なく有能なのだが……その有名イラストレーターであるところの莉音様が、何を思ったのか俺をVtuberとしてプロデュースすると言い出したのだ。

 本人は『惨じめ過ぎるお兄ちゃんのことが可哀想になったから』みたいなことを言っていたが……どう考えたって裏があるのは明らかだった。


 事実――後から分かったことだが、アイツは俺の配信のファンになった人間が自分のイラストにも興味を持つように、ご丁寧に導線を引いていたのだ。いわゆるステマというヤツだ。

 お陰で、俺がVtuberとして知名度を獲得するにつれて、莉音は有名イラストレーターという地位を更に不動のものにしていった。

 もっとも、そんな有名イラストレーターを産みの親に持つ俺のVtuber活動にも恩恵があったことは否定は出来ないが。


 俺がVtuberを始めるに当たって、必要なものは全て妹が揃えてくれた。いや、勝手に揃えてきたと言ったほうが語弊がないだろう。

 キャラデザは妹自身が担当し、Live2Dモデリングの製作者も妹に紹介してもらった。

 どうやらそこそこ有名なモデラーさんだったようだが……なんでも、仕事で知り合った相手だとのこと。

 その縁もあってお友達価格タダ同然で引き受けてくれたらしく、妹の交友関係の広さには頭が上がらなかった。


 てな感じで、俺のVtuber人生がスタートした訳だが――俺としては妹の気が済むまでは付き合ってやるかくらいの気持ちで始めただけで、全然やる気はなかった訳なのだが……これがいかんせん上手くいってしまったのである。


 莉音からの条件として、アイツが用意した美少女アバターを使って配信しなければいけないという制約はあったが……配信内容自体は俺に任せるということだったので、キャラクターイメージガン無視で好きに配信を続けていたところ、逆にその明け透けさが新鮮だったらしい。

 そして妙に人気が出てしまって今に至る、という訳だ。


 正直、妹の傀儡として踊らされている感は否めないが……でもまあ、俺としても、この生活にそこそこ満足していたのだ。

 満足、していたのだが――。


◇◇◇◇


 俺は、自分の顔をこれでもかというくらいまさぐる。

 信じられないほどすべすべな肌と、手の平からでも分かるほど整った顔立ち。

 そして今度は、自分の胸に手を当てる。

 胸には、決して大きいとは言えないが――昨日までには無かった膨らみが確実に存在していた。


 信じられない。

 というか信じたくもないが――どうやら俺は本当に、不知火結月になってしまったらしい。

 何を言ってるのか分からないと思うが……大丈夫だ、俺も分からない。


「……一応もう一回聞くけど、本当にお兄ちゃんなんだよね……?」


 目の前にいた莉音が、まるで宇宙人でも見たかのような目で俺の姿を見ていた。


「ああ、正真正銘俺だよ。残念ながらな」


「そっか……」 


 莉音は俺の答えに、納得したかのように、妙に深く頷く。

 

「……なんだよ。エラく簡単に信じるじゃんか」


 本人の俺ですら、まだ気持ちの整理が付いていないというのに。

 すると莉音は、当たり前だ、と言わんばかりの口調で、


「あのね、『不知火結月』をデザインしたのは私なんだよ? つまり産みの親なワケ。我が子のことを見間違う親が居るはずないでしょ?」


「はぁ……そういうもんかね……」


 イラストレーターではない俺には、イマイチ分からない感覚だった。

 

「まあ、まさかリアルで目撃することになるとは思わなかったけど……」


 そりゃそうだ。

 Vtuberがリアル受肉するなんて話、聞いたことがない。

 しかも俺は男だぞ、男。

 男の俺が、こんな美少女の姿になるなんて――。


 しかし、どこか物足りないお股の感覚が、否が応でも非情な現実を突き付けてくる。

 俺は自分のパンツを広げ、股間の方に目を遣った。しかし、そこにあるはずのものは、そこから忽然と消え失せていた。


 ……ああ、我が息子よ。

 お前は父を置いて、先に逝ってしまったのだな。

 後に残っているのは、この乳のみ――。


 ……ってやかましいわ。


「ま、グダグダ考えたって仕方ないか……」


 理由は全く分からないが、自分の身体が『不知火結月』になってしまったのは事実なのだ。

 この事実は、受け入れる他ない。


「……たぶん、なるようになるだろ」


「え? 元に戻りたいとは思わないの?」


 もちろん戻れるというなら喜んで戻るだろう。

 しかし。


「戻る方法が分からないんだから、これ以上考えても無駄ってこと」


 それに、別に俺には身体が美少女化したところで困ることは何もない。

 俺に会いに来る人間は莉音くらいだったし、仕事は専らネット上で完結している。俺が男だろうと女だろうと、気にする奴はこの世にいないのだ。

 だから俺に出来るのは、出来るだけ早く今の状況を受け入れることのみだ。


「じゃあ、そういうことだから、俺は二度寝するわ」


 不満げな表情を浮かべる莉音を尻目に、俺は再び横になる。

 色々と前途多難ではあるが。

 でもまあ、今後のことは……また起きてから考えればいっか――。


「――って、ちょっと待ったぁ!!」


 俺が目を閉じようとしたところで、莉音の鋭いチョップが飛んできていた。


「ブフオオオッ――!!」


 そして、鳩尾にクリーンヒット。


「おい! 何するんだよ、莉音!?」


「お兄ちゃん、ひとつ忘れてないかな?」


「忘れてる?」


 何が?


「今日、私がお兄ちゃんの部屋に来た理由」


 ……あっ。

 すると、莉音は目をギラリと光らせながら言った。


「買い物に付き合ってくれるって、約束してたよねぇ……?」


 買い物?

 まさか出かけるの?


 この姿で……?

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