コミュ障バ美肉Vtuberがリアル美少女受肉した結果。〜コミュ障の俺は静かに暮らしたいだけなのに、いつのまにか百合ハーレムが誕生してました〜

京野わんこ

#1『バーチャル美少女、リアル受肉する』

 ――こんなことを思ったことはないだろうか?


 別の自分になれたら、と。

 今の自分とは、全く別の人生を歩めたら、と。


 かく言う俺もその1人で――、だけどそんな俺に、その機会はあまりにも突然訪れた。

 

 今、俺の目の前に広がっている光景は青白い光を放つスクリーン。その光の奥で、不特定多数の文章が上から下に向かってやがれている。その文章の内容は、1人の少女を褒め称える内容ばかりだ。

 

 不知火結月シラヌイユズキ――そのコメントたちはその名前を仕切に口にしていた。


 そしてその画面には、イラストで描かれた美少女の姿も映っていた。

 そのイラストは、まるで意思を持っているかのように左右に身体を揺らしている。

 この画面を見れば、例え彼女についての知識を持っていない人間だとしても、コメント達の言う「不知火結月」がこのイラストの美少女であることは容易に想像がつくだろう。

 

 俺はそんな画面を眺めながら、こう呟いた。


「それじゃあ今日の配信は、そろそろ終わろっかなー」

 

 その瞬間――、画面の中の美少女も、俺の呟いたものと全く同じ言葉を呟いた。そしてその言葉を受けて画面のコメント欄の流れが急激に加速する。その流れてくるコメントは、どれも配信終了を名残惜しむ内容のものばかりだった。

 その光景を見て、俺は満足感を覚える。


 ――この画面の中の世界は、俺だけのものだ。

 誰にも邪魔されない、俺だけの箱庭だ。


 ここまで言えば流石に分かるだろう。

 

 ……そう。

 この『不知火結月』というVtuberは俺なのだ。

 

 バ美肉という言葉を知っているだろうか。


 ――バーチャル美少女受肉。


 それはバーチャル世界で美少女の姿を得ること。つまり俺みたいな男が、美少女のアバターを使ってVtuberをすることを意味する。


 俺はバ美肉系Vtuverとして一定の地位を確立していた。

 もっとも個人勢なので、企業所属のVtuberと比べると取るに足らない存在でしかないが、同じ個人で活動している面子の中ではそれなりに人気があるほうという自負はあった。

 

 ……思えば遠いところまで来てしまったものだ。

 元々はこの活動に乗り気だった訳ではないのだが、ある人物の差し金によりVtuberをする羽目になり、アバターを勝手に用意され配信環境を勝手に整えられ――。

 徐々に外堀を埋められ、気づけば今の状況だ。


 なぜここまで人気を獲得出来たのかは自分でも良く分からないが、強いて言えば、最初から中身は男性だと公言していたということと、やる気のなさからくる脱力感の目新しさが受けたのかもしれない。

 まあ、そんな簡単な話でもない気はするが。

 

 ……さ、何にせよ、今日の仕事はこれでお終いだ。

 俺はリスナー達に別れを告げ、配信を切り上げる。


 だが、その直前――。


「ん……?」


 俺は1人のリスナーが放ったある言葉が目に入った。


『今日の結月、なんか声変じゃね? ボイチェン変えた?』


 声が変……?


 俺がバ美肉系Vtuberであることはすでに公表している事実であり、俺がボイチェンを使っている事実について指摘されるのは別におかしなことではない。問題はそこじゃない。

 だが配信を切った俺はすぐにボイチェンの設定を確認したが、設定が変わっている様子はなかった。


 風邪でも引いたか……?

 しかし、そんな倦怠感はどこにもない。むしろ、普段よりも声が軽いくらいだ。


「ま、気のせいか……」


 俺は勝手にそう断じて、それ以上は気にしないことにした。


「よしっ……今日も仕事終わりっと……!」


 そう独りごちて、大きく伸びをする。

 一歩も外に出ずに稼げるなんて、本当に良い時代になったものだ。ことずっとニートをやっていた俺にとっては、天職であることこの上ない。


 それもこれも……この世界に誘ってくれたアイツに感謝だな。


「ふああぁ〜、ちょっと眠くなってきたな……」


 無意識に出たあくびとともに、強烈な眠気が訪れる。

 得意でもないくせにたくさん喋るからだ。

 まあ、職業柄喋らないわけにもいかないのだが……。


「とりあえず、ちょっと一休みするか……」


 確か今日は、アイツが来ることになっていたが……。

 昼寝なんてしてたら、またどやされそうだな……。


「ま、10分だけならいいだろ。アイツもまだこなさそうだし……」


 俺はそう呟いたのち、おもむろに横になる。

 なーに、ちょっと目を瞑って横になるだけ……。

 だが、そう頭で思っていても、思っている通りにいくはずもなく。お布団の甘美な温もりに抗えるはずもなく。

 俺の意識は徐々に、睡魔に刈り取られてゆくのだった。


◇◇◇◇


 ――そして、次に俺が意識を取り戻した時。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。

 

 めちゃくちゃチャイムが鳴っていた。

 うわ、もう来たのか、アイツ……。


 ピンポンピンポンピンポンピンポン――。


 ってか、鳴らし過ぎじゃね?

 チャイム壊れるって。


 あーもー、面倒くさいなぁ……。

 いっそのこと、居留守でも使おうか……?


 なんてことを考えていると、急にチャイムの音はピタリと止み、代わりに鍵穴がガチャリと回り始める。


 アイツ……!

 勝手に合鍵まで作ってやがる!!

 ちくしょういつの間に……!!

 俺に安寧の地はないというのか……!


 だが、最早俺にはどうする術もなく、解錠を終えたドアは無慈悲にも開け放たれる。

 そして開け放たれた扉の中央にいたのは、高校生くらいの少女だった。


 少女は、暗くカーテンの閉め切られた俺の部屋を眺めながら、甲高い声を上げる。


「お兄ちゃーん、生きてるー?」


 俺は布団にくるまったまま、必要最低限のエネルギーのみに絞った細い声で答えた。


「おー……死んでるぞー……」


「もー、またグータラしてる! てか、声変じゃない? もしかしてまたクーラー付けっぱにして寝てたでしょ!」


「んー……」


 仕方ねぇじゃん、暑いんだから。


 ……てか、また声か。

 リスナーと同じことを指摘されて、内心ギョッとする。

 こりゃ、やっぱり風邪でも引いたか?


 声の主――妹は、勝手知ったるなんとやら、といった感じで、ズカズカと部屋の中に入ってくる。


 ……全く、なんでこんなに世話を焼いてくるのかねぇ、こんな引きこもりのクズのことを。

 野垂れ死ぬまで放っておいたところで、誰も文句は言わないだろうに。

 妹には頭が上がらない。本当に。


 妹はミノムシみたいになってる俺の姿を見て、これ見よがしにため息を吐いた。


「ほら、さっさと起きてよ。まさかとは思うけど、出かける約束してたの、忘れてないよね?」

 

「まー、覚えてるけどさ……」


 引きこもりに外出を強制するとは、我が妹ながら、なかなか酷なことをする。

 しかしこのまま嫌がっていたところで、布団を引っぺがされて無理やり外に引き摺り出されるのがオチだ。

 ちぇ、仕方ねぇな……。


 観念した俺は、布団から這い出て、ゆっくりと起き上がる。


 だが、その時――俺は、違和感を感じた。


 俺が起き上がるのと同時に、俺の肩の上で踊るように揺れる髪の毛。


 ――……あれ?

 俺ってこんな髪長かったっけ……?


 だが、その違和感は気のせいではなかったらしく――妹もまた、俺の姿を見て驚きに目を見開いていた。

 そして、一言。


「え……? お兄ちゃんじゃない……?」


 何言ってるんだ? 俺は正真正銘お前の兄――、


「てか、不知火結月ちゃん……?」


 は?

 それは俺のアバターネームじゃん。


「お前、リアルではその名前で呼ぶなって――」


「いや、そうじゃなくて……自分の姿、鏡で見てきなさいよ」

 

「はぁ?」


 どういうことだ……?

 俺は妹に言われるがまま、洗面所に向かい、鏡に自分の姿を映す。

 そこには、見飽きるほど見た冴えない男の姿が――映っていなかった。


「え――?」


 そこには、この世のものとは思えないほどの綺麗な金髪に。

 この世のものとは思えないほど整った顔立ちの。

 だが、確実に見覚えのある――そんな美少女の姿が映っていた。


 しかしながら、見覚えあるのは当然だ。

 なぜなら――。


「不知火結月……」


 鏡に映っていたのは、俺が普段配信に使用しているアバター――不知火結月と瓜二つの美少女だったからだ。

 ……というか。


「俺、不知火結月になってる――!?」


◇◇◇◇


 ――こんなことを思ったことはないだろうか?


 別の自分になれたら、と。

 今の自分とは、全く別の人生を歩めたら、と。


 だけど、その機会が訪れるのは、あまりにも突然で――。


 俺は、この日から――不知火結月として生きてゆくことになったのだった。

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