ちえのいぬ

 ある博士した発明であり、これ新た派閥作れるものである。

 知能性あげる薬にして、禁ぜられた果実。

 またこの博士持った性質とし、まともでない。まともな経過、あるいまどろっこしさの排除こそ研究だいごみとしている。よってまず鼠なぞいう矮小さから丁寧ぶらない。もっと豪胆しくいこう。そしてなにより遊ぶ心従おう。

 それで被検体たるの、犬とした。日々やる餌なか、僅かずつ薬混入し、その次第眺めるといった形式に決まった。思ったより豪胆さない、たかだか一段飛ばしただけとの見解あろ。しかして、人でやったらば、実こと面白くないやもしれないとの一考のためである。知性昇るほど、もちろん難しい語り増える。もしかしたら独自系の言語なぞ作られ、観測者すら超えてしまい、理解及ばないなら、もう実証ない、なぞとなったら困る。だいたい博士としたら、自身よか明晰した輩ほど不愉快がる。そこで飼ってもおり、手ごろだった中型犬でおこなった。

 まず数日与えたらば、お手ほか、ろくな芸なかったの、十種ほど増やした。ただ教育熱唸る飼い主なら、必修さしているから吸収力ともかく、飼い犬ゆえ普通とされたら、そうだろう。

 相変わらず投薬し、経過させたら、玩具の利かなくなった。噛んだ、走った、振り回すとの玩具であり、犬と幼児こそ多く遊び用途探せる道具たち、ただいま冷めた一瞥されるだけ。なにか病から悄然した始末か疑ったも、餌、水、散歩など生命保つ生態そのままであったため、やがて疑わなくなった。

 より続ければ、読書家となった。つい山積む本なか、博士落とした一冊の開いた。するとそれこそ玩具よう飛びつき、双眸泳ぎかた、まさしく読書する動きだった。いつより識字し、そちらへ情熱始めたか、定かない。されど、こうなれば行きつくところ会話できよう。すでにも、相応できる知識達しながら、犬用いる声帯上どうしろ声ままならないそう仮説できた。

 博士さっそく試し、文作成へ向く機械作り、ともかく与えた。しかも指発達とぼしい、犬用であった。すると犬としたら器用にも機械あやつり、確固たる意志あるよな文章記した。また博士から声かけすれば、その返事うち込まれた。

 ここ至り、投薬打ち切りだった。満足いく結果であり、もう資料充たされ、どこか発表し、換金できる領域までこぎつけている。そのうえ、人におなじ理由で、これ以降進めてしまうの嫌悪あるやもしれない。あとほかの学者ら託し、適当な物議やらせ、倫理とか、法律だのに、うるさくさせる、それ傍より覗いたなら博士あとぐされなく面白がれた。

 しかし、手遅れ、あるいこの時点にも、不愉快まで片足の突っ込んでしまった気のある。その感じた箇所の抜粋すら、博士した資料なかあり、それこそ、経過うち犬と彼おこなった会話であった。

「博士、僕行き当たった設問ある」

「ほう、話したまえ」

「僕ら差別されている」

「面倒いい始めた。ついにだな。どうせ自由だの、ありきたりな権利への主張訴えだすわけだ」

「訴える。うん、その通り。けれど、僕の謙虚さときたら、お人好しだ。また賢明だとわかる。つまり人間と同等あつかいもいけないと思っている。僕らこれからどう変形しろ。そんな二本足に長時間いるなぞできっこない。機械による拡張からよしんば可能とされたって、むしろいま四つん這いの便利しているわけだから、願い下げなんだ。それに糞尿始末すら、まともやれない、これだとて人から融通され、このままでいい。餌もしかり。僕らへ働けと言ったとて、雇い口なぞない。入った職場の食いぶち嵩増して関の山だろ。処分される仲間いたにしろ、それも人間さまの世間だから、納得する」

「思ったよか、理解ある。そうだもし、このあと研究進めるべつな学者らから、たといおまえよな輩多く世間へ流通しろ、窮屈となるきり、世なか、やはり人のものだ。誤解恐れなく言う。おまえこそ私の好奇心から生じた、いらない派閥、余計な思想だろ」

「了解する。でもそんな僕とて人格、もしく犬格あるの認めてほしい。人権欲しくない、今まで通り犬権とでもいう、寄寓者あつかい充分さ。ただ人格のある、考えもある、思える、そういったこと飼い主たる博士から認めてほしいわけだ」

「ざんねんにもそれこそできない」

「憤慨だ。噛んでしまうぞ」

「そう歯の立て、爪伸ばすでない。床痛むだろ。落ち着き聞きたまえ、いや、質問ともいえる。まずお前たら自己分析できるか、要するその人格とやらの質、また傍観者からどう映るか」

「簡単だろ、やや大人しい、実際家、さっきいった謙虚、あとそういいながら好奇心旺盛、人懐っこい、まあ、あげたらきりないさ。ただ総じて、おおかたいる中型犬の特質でないかな」

「よかろう。で、それら人格なら、お前もとより持っていた、そういうんだな」

「きっと、そうさ」

「きっと、なのか。確実でないのだろ」

「なんたって犬たる知能だから、いくら人へ引き上がっても、記憶おぼろげだろ。博士しろ幼少ころ記憶霧がかるでしょう」

「つまりお前、犬だったころ、人なみたれるいま。このふたつ比較し、いまだ、むかしだと関係なく、同一格でいた証明難しい、そうだろ」

(返答詰まったよう空白続いた)

「言うに事欠くか。私の言いたいこと、つまり知性から人格の生じたのだとし、その知性もともと薬寄るものだ。すなわち犬格とでもいうべき、いまおまえ主張していること正せば、薬から形成された見せかけやもしれない。ゆき過ぎた機械ゆえ、人間へ区別なくなっていく、それに似た結果でないと言い切れない」

「でもそうなるなら、人間とて」

「待て。これ私おしえた十種うち初めの所作だ。こういうとき反射から出せるように。まあいい。お前いま述べること手に取るようわかる。そしてその答えも単純だ。ひっきょう私なら、人格などないと信じている。しょせん遺伝に環境、経験、お前なら知性。そういったもの人格いう曖昧なものへ十把ひとからげ閉じ込め、見て見ぬふりしているだけだ。博士であるなら、こういうもの分解し、あくまにもれっきとした形してみせねば、不幸なものの出たとてな。そういうわけから、これも好奇心だ。私へ言わせたら、おまえなぞ好奇心かたれるほど賢くない。そしてこれより人格なぞいう靄で、私した知性昇らせる成果へ、けちつけるんでない」

 このあと、博士この犬こと処分した。あくまで論文上、構想話とし、この犬辿った経過書き、資料も部分的へとどめ、前述の会話含むところ、多く違法性あろうもの、徹底した処置施した。それで研究者ら表立った実証乗り出し、鼠よる丁寧かつ、矮小、まどこっろこしい実験から始まった。

 すっかり金満なった博士、この世にて唯一ある資料なか、あの会話とこ、ときおりじっくり眺め、

「もし、神様にあったら、おそらく恥ずかしげなく、この犬よなこという者どもいるだろう。そんなこと言うものだから煩がられ、追放までなるのだよ。同等の派閥なぞ多くいらない」

 なぞと非科学なこといい、自嘲してあった。

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