銃声
女がいる。男がいる。互い二十後半、小さき丸机挟み対している。山深くある工場あと一室ゆえ静か。割れ尖る窓向こう月柔らしく笑う。この笑み、女わらい返さず。呼ばれてきた男を不安させる。ふたり相貌、この机うえ燭台ほのかしている灯から、闇より彫りだされてある。
「なんで来るかしら」
今宵そう低く口始めた女、残念かつ、深刻うかがわす。
「それは愛だから」
男のほう、向かいの低さへ均衡し高い。
「軽はずむ口ね」
「口とは常そうだ。しかし君が連絡し、それ答え。ここへ来た僕の足労なかなかだろ」
「そうね。まことね。ほんとう謝るわ」
「謝辞などいらぬさ」
「いえ。要るの」
女すらりとした白足、切りこみある長スカートよりはみ出させ、その太ももへ帯た掌拳銃の抜くざま、腕水平かまえる。小さい丸な銃口ひらいて男向けられるくせ、怪しく光沢するばかし、まだ物言わない。
わけ聞こう。落ちつく男からだった。
「まず戯れではないのだな」
これへ銃口もの言うに瞬くうち叫ぶ。叫びから割れ残る窓、もう尖鋭性なく、ただ枠のみ。銃口また無口し、男ほう帰る。
なお男とりすます。
「つまり君とは、なにだ」
「隠忍自重のもの、または女」
「とんだ女へ手出ししたものだ。僕という隠れ蓑だったわけか」
「逃げないのね」
「これまたしても愛だな」
「噓偽る愛だったわ。ここにてもう終い。夢始末つけるところまで来たの」
「嘘で終うには、ここ三年あんまり生々している。そのため、こう君がする銃弾へ撃たれたい気分なれる」
寝入るよう目蓋する男だった。やがて銃口なにも言わないままで、訝しい。男まぶた上げ、女かまえる銃口こちらへあり、無言だった。
彼女する顔色なに伝えるでもない無垢たたえ、見据えてくる。その相貌いま思われば隠忍自重のもの由来であり、過去にたずねたら彼かどわかせた源である。
「気分だっていうのに。君さっさすればいい」
「私もきっとあなたへ愛がある。黙すのは、それのせい」
「じゃあ、逃避行とゆこう」
男から差し出す手へ、女ひら手打つ。
「許されるものでないわ。亡骸ふたつ、人知れないまま」
「ゆえ、僕へ撃ちなおすといい」
「それ容易くない。あぁ、こう環描く談議ではいけない」
銃口おろす、机上のせる。蝋燭火ゆらぐと、胡乱たる銃身まつわる光沢ふるえる。
この始終ひとみ追わせ、男わからず投げ首。
「あなた、心まんべんなく愛してくれる」
「違いない」
「無謀ながら愛もって逃げる辞さない私たちよ。愛でなければ、これ無意だわ」
「違いない」
指三と立て、女いたって神妙面なまえへ示す。
「あなた、愛を試し、三つ判断もとむ。ひとつ、離席し、ひとり風雲と去る。ふたつには、ここ留まり私ともども去る。三つなら、この銃よりあたし撃つ。さあ、どうなの」
夜風鳴き、それ冷温判ぜる間なく、迷いない男かすめ取るよう銃を択する。択すもの女へし、引き金まで円滑すすめ、もう人差し指引く。のに銃口あくまで声しない。
嘆息つき女どこより出でるか、同型した掌銃すばやく男へ向ける。
「これ式は、装てん一発きりよ」
「騙しだな」
「あなた、讒言ね」
「君言う愛へ託し、弾丸こもったものと撃ち、空撃った。君が冠する愛こそない」
「うその銃撃もらったわ」
「僕ある心突くならば、君がいい。また君へ引導するなら僕である。ここ根に発心し撃ったのさ。それぞ愛である」
うそぶく男、尊大よう弁ずる。なら、と女おのれ蟀(こめ)谷(かみ)へと接吻させるようゆたり銃口あてがう。このあてがいから沈静しだす男まじめ体なる。女まなじり、変わり身する男へ反し、動揺なく彼する所作うかがい据わってある。
相克から、さき平たい口もと解かすが、男。
「あまり戯れだな」
「三年つきあい、私がする瞳のほど測れない」
「そういえば瞳で真偽さとれると、かつて僕から謳った」
「どう」
「澄んで、なにか覚悟がある色だ」
「それ洞察、或い愛、もしくは意地、どれ」
「こう直情を口し合い、それにしてもすれ違う僕らだな」
「あなたする理屈から出でれば、私の引導、私するでいけないわね。さて、むざに撃たせる。愛捨て置き、私で私を。だから愛ひっさげ大慌て、止せの一言おねがい」
もう月しない窓枠ただ星散らし、青黒い。なんら声なく、ふたりすらいないこととする静謐ある。
男、止せ。そう口からする。こめかみ接吻する銃口とりさげ、女やさしい深みな吐息する。
たちまち男、女への襲撃をし、反発され、この拍子をもって無装填たる掌銃、一撃こもる掌銃、計二丁、とみこうみ交じり合う。果て、どちら見当つけきらず、床にて落着をみた。
男女くんずほぐれつを互い引き離し、ともに一瞥より二丁とらえる。
それで見つめ合う。
「襲ったわね」
「よく考え、やはり逃避行し、よそ人から撃たれたなら愛ない。どうせだ、僕とは君の手からひかれる銃声の耳し、逆らわないまま君の銃弾に終わりたい」
「これもって愛なのね。それ私とて同じ」
「どうだろう、折いいことだ。埒つくため、運命へ問いあわそう」
女うなずくだけ、慈しい微笑をする。男もこれへ綻ぶ。示し合わせなく、合図めく所作しず、それでもふたり、二丁向かう瞬発を同じ時とする。
月かかる叢雲。拾う際しふたり、影なる。黒々うちにて一室にて銃声。この叫び、窓抜き出で、山ひびき後いちまつ寂しい。それから窓より、なに焼くか、煙のぼる。山影の黒さへ比ぶなら、よく白う清さで一筋、天高きめざしている。
廃墟より出でる影ひとつ、外ある車らしい影と一体し、したらば一体またたくうち赫かく爆ずる。あと線らしい灰色い煙発ち、あの白い筋追うよう、夜に伸びる。
山なか、ある車中より、ふたつ細ぼそ昇る炎の吐息へぼんやりし、黒服した人あくび長くしつ、電話する。
出た方から二三口あるよう。それをえぇ、へぇ、相づち、それで難しいから倦怠そう口舌の働かす。
「いや、焼けちまうようで。ふたりして。
うぅん、いえ、片方のは俺でない。弔いか、処分そんなんでしょう。どっち知れようありませんが。端より知れなかろうとも、構わない手筈でした。
はぁあ、はぁん、それないですな。同類だから情け深いではこうきな臭い務めやりかねましょう。ただそぞろで。もちろんあの女、情け強いゆえ致命もち、目に見え潮時でしたがね。いつともなく俺だとてあぁ切られるを思想しまして。はぃ、そう愛か、それこそないでしょうが。
うん、えぇ、ありようない。それこそ愛なぞ了見不当。明かすに難い。あんまり七面倒する。
では。そろ長居ですから、もう忍びましょう」
月いまに叢雲脱し、余人あざわらうよな格好を止さない。けむり二筋、このあざけまで昇り届かず、夜景へ溶かれる。
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