余りある

 列車は三両を持ち、人はそれなり載せ、吊革のぶら下がって、だれへも掴まれず揺れている。早急な回転が足元で、金切り声の響く。曲がったのだ。別の二連結とすれ違う。向こうだと閑古鳥であった。

 圏外の電話へ、砂嵐舞う。トンネルの長い。暗い席で、しがない記者か、疲れ眼の充血で、自ら記帳する文字を追っている。やがて眠った。絶えたか。

 はてさて暗いなかを抜け出れば、浜辺が白く、海が青い。どれでも遠かった。近くなら、山は傍で緑化した壁であった。なにもない水平線ほうへ漁船は望んでゆく。

 慢性的な地獄は、頭うちで劫火うるさく地を呑むこと努めて怖い。こんな平穏の光景から、音がしない。窓を開かねばと考え、やがて記者が起きたからやめた。記者の起きないなら、誰かが見ていたので止しただろう。発心、現実を動ぜず、いわゆる無。

 浜辺も、海すら横流れ、つぎ一面広く菜の花をし、揺れかたの安らいでいる。電車だけ急速である。脳は追記することを抑え、なにやらぽっかりした。入道雲がいま思えば長い。

 針さきを触れたり、離したり、弄ぶ頭痛があった。

 正式な感動はまだ、身の内ごとで、むろん苦に起因している。情調の沈没へついて、どう埋葬せるべきともつかず、ほったらかし腐っている。

 列車のまたトンネル。幽霊のような気持がした。まるで山を透過で貫くような心地がし、やっと暗い感動の流し込まれる私が、しかし傷む。

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