恋ぼとけ

 晴れて、雲の発ってぐるり壁をする日和、ある浜辺、剣士が見合っている。片方、日本刀ぎらぎら銀色で鞘からちょこっとだし、冴えていく。もう一方、西洋できの両刃を晒し構え、切っさき正面を突くつくもり。その唇を固く平坦にして、いつでも振りかぶろう用意。ところで、日本刀がわが獲物長くまったく合わせて三尺、両刃がわ、四尺。はて間合い、大股に四歩で切りつけれる。そこで、両刃は上段し、日本刀もう鞘で光りたがる鉄を抜こうところ。

 いざ、斬りかかり。残念、思った鍔ぜりもない。抜刀の威勢に、緩まっていた金具の哀しさに我慢ならない。よって刃の柄離れて、飛び道具をして、両刃のほうの胸に必中せる。

 なんと虚しく決着。ああ、勝ちきったくせ軽くなった柄を放った日本刀がわが、その両刃で自身頭を割ったそうな。

 この後、しばらくして、あの人らは馬鹿らしい決闘でした。そうある村娘がこう言いだす。まさに井戸端会議で、ほかの女衆も混じりて言い合う。

「いやだって、西洋かぶれと東洋ぶった剣士のやり合いってわけで」

「両者ばったもの。所詮、士族へあこがれの強い百姓と、親の西洋好きに感染した商家のどら息子が娘ひとりを取り合たってわけ」

「でも東洋のほうは、立派でしょう。理由は間抜けといえ、武士道ってやつの貫かれたもんよ」

「ただ、恥ってやつだよ。あんな阿保らしい首引っさげて帰ってきて、その娘になんていうさ。第一から武士道なんて知らんさ。だって頭だよ。ふつうで腹だよ。臓物だよ。腸だよ。蛇みたいににょろひょろ」

「まったく猟奇で滅多いうなかれ。動転したら作法なんて吹っ飛ぶもの。恥で自分斬りゃあ、なんだって武士道だよ」

「そういやその、娘ってどうなったのさ」

「これまた呆れ事、その娘ってどっちへも気のなくって、なんだか男衆で勝手の祭りごとにしてたんだと」

「では、ふたりして、亡くなり損って始末か」

「そうでもないさ」

「というになに?」

「その娘たらいなくなった途端から、恋慕が始発したそうだよ」

「どっちへ?」

「どっちもさ。人間ってふしぎなもんだから、居なくなったら惜しむだろ。この作用が抜群に娘へあったって」

「そのうち、娘まで後追いしないだろうね」

「もうしたさ。武士道みたく腹切って。これがこの話題の落ちなんだから急いでるんじゃないよ」

「すごいもんだね思いってのは、墓すら自作させるんだね」

「恋慕ってのは素敵なもんね」

「あんた若いくせに、いや、若いから馬鹿らしいのかねぇ」

「だって、これをいっさい恋が埋めた人たちってことでいいのでしょ」

「だとしたら、恋ってのは悪意だね」

「女衆は笑って忘れてしまえ、さっさ機械みたく散ってた」

 浜辺の海鳴り、ああ、美しく寄せて返すと波はもう違う形へ幾千回もなっているだろう。

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