茶碗いろ
真実は鏡の中で私を眺めていた。小さい現実が吸い付くように根っこを生やしている。剣の舞え、煌めきは流星であった。子羊は小さい獰猛のなか、関数を呼んでいる。底面で花弁は緩く散っている。風で急にされると、針だった。
生命ほど形を忘れている。私は知らない辞典で学び、その文字面へ意味を求めれるよう、新しく辞典を読む。しかしこれせよ、意味の深さ難色に凝り固まっていた。ゆえ、もう一冊を要せねばいけなかった。しどろもどろ辿り着く、翻訳は無残であった。
小さなベランダで、干した衣服が波立っている。悲しい風情が、枯葉の姿に飛び込んでくる。
眠い朝はいつも干した衣服の乾きかたが不意に柔らかく感じ、もう取り入れてもいいと考えてしまう。
母は先月亡くなった。どうせ長くなかった。かえって安心だったやもしれない。
お終いはほんとう健やかだった。きっと幸せとは、ほどよく途切れることだった。
やがて据えた瞳を窓の蜥蜴の影が、動揺させた。
するするとどこか行ってしまう。影であれば、この挙動の鮮やかさから可愛らしい。実際は触れられない。
佳奇子は母とそういう感じに似ていた。たとえば母は蒟蒻を美味く思っていた。けれどあの見てくれと触り心地には違和を覚え嫌った。
なんでも石みたいなくせ、ふと柔らかく壊れるのが一致しなくって、思い通りならない気分で嫌なのだそう。
蒟蒻の不快はわからないも、母子でそういう産まれ出でた感性は似通った。ただ尾鰭をつけ違う方向性をめざした。蒟蒻と蜥蜴。きっと環境による種別化。
心にも生態系があって、分岐している。
乾いた風情に揺れた洗濯の触れてみるに、ひんやりとし瞑目したくなった。
遺体の体からした感覚に同じだった。
夫があった。白髪を気にして、朝から洗面所に籠り、禄にもならない年季の片鱗を探って、心配している。今年で四十ねとその心配する背に言った。うぅんと適当だった。生え際を鏡まで近づけ、なお困っていた。
決して大きくない背を覆うワイシャツの皺は、長年の勤めからか、取れなくなってしまった。洗濯に刻まれた線を薄くはできるも、全くまで除けない。ほんのり残り、夫のその日やった疲れへ応じ濃くなった。
みっともなくなるから、気軽く、捨てればと少ない機会ながら催促している。しかし夫いわく、勿体ないだろ。服は身につけただけ、自分の一部のようになって、裸と変わりなく動きやすくなるんだよ。
言われ、その背を見送るにつけ、佳奇子はなるほど間違いなく夫という生物と同化していると感想する。
今日すら、皺は忠実に夫の背を委縮の色にし、表情のように難しくなっている。
こうやって違う、生物ですらいられないのが、生物へ寄生しているようで、佳奇子には不思議だった。
母とは心の袂を別って、もはや違う生き物だった。夫は探せばいくらでも同じ仕上がりのある布切れすら一張羅にし、どこか自身の一端としている。
産まれるとは分裂している。すると寂しくなって、なんとなく悠長ながら洗濯物を触りに行った。
もう乾いてしまっていた。
風は服をすり抜けるとき、その腹だとか足だとか腕だとかを潜って膨らませていった。一時着て、すぐ飽きてどこかに抜けてしまう。
蜥蜴の影はどこにもなかった。
乾いてますます寂しくなったのを、ともかく取り入れて畳む。
服は日光に温もって、優しく生き物のようだった。もし子供でもあれば、こういう感触を抱けて嬉しかっただろうか。
ほっと一息した。
まだ朝だというになんの疲れているのだろう。
佳奇子は夫が出ていったのにしばらくして気が付くと、なんだか眠たく欠伸をした。
という翻訳の流しで貧血ぎみであった。
だれが謳ったとも知れない煉獄の口蓋ほど、大きく熱され醒めた感じもない。
年輪暁に沈めど、珍道なおもって権能得る。有言煎じるとも愚かしや、さかしくいれず尋常無残す。指輪の直線まっしぐら長く銀であった。光沢安し、光輝の弾く。
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