真っ当で許されざる街
ビルは大きく長い。百階建てである。これを中心軸とし、周囲いくらも五十階建ての斑に建っている。
あるとき、この百階は、風に捻じ曲げられ、崩れ、街中に横たわるにつけ、いくらか家と人はいなくなった。
瓦礫の一日で、まっさらになった。
いなくなった人々ならおのず記憶から、放られる。
心臓を持たない記憶の曖昧さは有効な薬である。
はて風は何食わぬ顔も見せず、こっそり吹いている。
難聴者のこれを聞こう、杖を突いた。まっさらにするため倒壊したビルのあとに、また家路も辿り着くべき何者も何様も並んでゆく。いつの間にか溜まる埃めいた変化量であった。
風の音は聞こえない。杖は道を突くことに疲れた。耳のせいか、心のためか、風によるか。ともかく難聴者は、埃の積もっていくことに疲れて地元まで引き返した。
道はどうやら足跡どころでない、杖跡すら一旦も預からなく、硬く澄ましていた。
もはやビルの曲がらない。なんでもそういう工夫がつくそう。不慮を悼み、だからと並べること、積もるさまに懸命である。
難聴者は疲れて、杖を投げた。すると親切心の栄えた若者のあって、彼へ声をかけた。あまり聞こえない。ただなんら負い目なき眼は言葉の音に柔らかさの含んであった。
そこで老獪は小さく笑む。
「ありがとう。善行の報いで良い警告のしてやる。あの百階建ては私の作たんだが、壊れるまで設計なんだ。そう簡単にひとつの螺子の抜いておくだけなんだ。それだけでも、時間差で。なんていって信じるだろうか、もちろん信じるさ。言われれば信じてみるのは、善行だから。しかしこれはどうだろう。この土地で私の幾つもビルを仕上げた。そう仕上げた。全く始まりから終わりまで設計には狂いない。始終まで完璧に」
若者の、杖の踏みつけ転ぶとも、追われるみたく走っていった。
足音の遠くなるまえ、霞んでしまった。
「どこへゆくのか。なるほど偽善なことだね。なれど脱出するのも、もう多少待てばいいに。いい風の聞こえるのだよ。膨大で、自由な通り方で。こんな狭く入り組む笛みたいな聞こえない息苦しい音色じゃ到底難しい。そうすっかり大声で吹くのだ。むかしここはそういった田園景だった」
するといよいよ街の殻の剥く、初めの歪は産声を鳴らせ崩れ始めた。
多くの音は、杖なぞ静かでちっぽけに埋もれさせてしまった。
「よく聞こえなくなった」
そう言う声なら、なお埋まった。
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