胃の消化

外レ籤あみだ

穴蔵を退くということ

 ここから出るのだ。ここから出るのだ。ここから出るのだ。

 じめっぽく暑苦しいのを突き抜け、祝福されるべき頂きへと。

 掘るぞ。たくさん掘る。指の削り切れるまで。ああ、土の臭いでどうかおかしくなりそうだ。臭い。血も混じっているやも。閉じ込められたとて、人生はまだ摩天楼へ続いている。そう腕は土竜めいて、爪の研げる。変形しろ、俺は土竜なんだ。土を掘るために最適な運動に、形を追いつける。人体ではない。哺乳類たる大きな枠組みで生きればいい。出たら、なにをしようまず新聞を。いや、もはや新聞なぞ破れて、世論は小さくなっている。悪者が蔓延っているかもしれない。

 暗い、暗い、暗い、明るい。そういう門がぱっと開くのだ。ここがどこかを感じる必要はない。暗いか、明るいか、こそ俺の境界である。

 ぼりぼり、ざくざく、土、土、石。あああああ、腕はやめたく草臥れてくる。もうすこし、この一手で門が現れる。堀ったあとは暗い。けれど、きっと龍のように偉大な曲折をしている。

 さあ、動け、動け、動け、動く。よし動く、動く、素晴らしい。自由な空まで、太陽が長い影を作って、実体と陰影の別つ。ああ、現実だけ、実際だけほしい。穴蔵とは、闇に出来上がった嘘なのだ。俺は真実になれる。

 さあ、さあ、光あれ、俺の眼球を刺せ。これだけおかしくなった。土竜にもなった。龍の足跡すら作った。遂に、俺のため降りそそげる雨でもいい、ひとつ希望が、自販機の下の小銭の輝き。あああああああああ、渾身だぁ。

 カツん、って、あれ、おや? なんだよ、その高くってどうしようもない音は、まるで寄せ付けないじゃないか。硬いな。こんな土があったか。土竜はまだ哺乳類なんだが、重機なんて、別物だ。命まで無くさないとなれない。そんな。

 生きていては出ていけないのか。龍の頭は、そんな衝撃で潰れるのか。腕が重たい。俺は空っぽになっていく。なんで、こんな体たらくの引きずって、わざわざ絶望の底で立ちつくさねばならないか。

 身一つ。

 動かない。動かない。動きたくない。

 もう陰でいい。日はいらない。ただ慰めをほしい。開く切れ目のない門だった。鍵どこも見当たらない。俺は実現できる生き物ではないのか。

 暗いから腕も見えないな。感覚すらない。やはり、いないのか。

 暗いのではない。平面でなにもかも黒いのだ。

 うぅん。あぁ、あぁ、うわああああああ。

 なんと熱い涙だろう。そうかこれぞ俺だ。俺には頬がある。きっと皺だらけに歪む酷い顔だってある。俺は土を食える。まだ生きられる。実際にいる人物である。

 もうこれだけでいい。


 しばしあと、地上では。

 ふたりの男は、背広をし長らく曇っている昼に、道を歩む。

「知っているか」

 ひとりの言い、ふたり目は不思議そうだった。

「いや知らない」

「むかし塹壕に生き埋められた人の骸のあがったって」

「へぇ、いまだにねぇ。めっぽう平和で暇だってのに」

「でもどうやらだいぶ足掻いたらしくって、町ひとつ横断できる抜け穴掘っていたらしい」

「へぇ、それを上へ、上へやればどうかなったのでは?」

「どうやら方向感すら鈍るらしい。真っ暗だから。ただ一応さ、もうあとちょっとで光の拝めたかもって、とこだったんだと」

「なのに、あとひとつなにを欠かしたんだ」

「いや運だよ。掘ったさき古いトンネルの壁へ、行き当たった。それで力なく。あと右へ数センチ掘れる努力をしたらばよかったってさ」

「ほぉお、まあ、出て来なくって正しいかったろ」

「なぜ?」

 閉塞した空から零れる光は、鈍く薄い。

「近ごろ働いていると、生きた心地しなくってさ。考えるのすら倦怠で。そういや、お前いま、どれくらい貯金ある?」

 嫌に話頭が転じ、よって口は尽きた。灰色いビル群は、ふたりを取り込み一部隙も与えない。それでやはり、空模様とて蓋を暗く閉じていた。

「しっかし、じめっぽく暑苦しい」

 どちらかの言うを境、ふたりは汗の拭った。

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