第30話

「彩花っ、良かった。目が覚めて、無事で本当に良かった…」


湊さん…


私のために、そんなに辛そうな顔をしないで。


心配するふりなんてしないで。


そんな目で見ないで。


まだ記憶が戻ってないのかもしれない。

なんて淡い期待をしてしまう。


いっその事、私も記憶喪失になったふりをしようか


「だっ...」

「だ…?」


「だ...」

「彩花?どうしたの?」


"誰ですか?"


なんて、やっぱりそんなこと言えるわけない。

湊さんには嘘つきたくない。


「ごめんなさい、」

「なんで彩花が謝るの」


一瞬でも嘘をつこうとしてごめんなさい...


きっと私の頭を撫でようと思ったんだろう。


だけどそれさえも怖くて。

「っ、」


勝手に体が反応してしまう。


「彩花…?」


「あっ、ごめんなさい」

「いや、大丈夫だけど、どうしたの?」


私が知ってるってことに、まだ気づいてないんだ。

それならまだ知らないふりをすれば…


いや、駄目だ。

こんな関係、きっと長くは続かない。


「湊さんの記憶が戻ったって...本当ですか、」


「…あぁ、そっか。俺が怖いんだね」


湊さんの悲しそうな顔。

これも演技なのか、それとも…


「答えてください」

「うん。記憶が戻ってた。それも随分前にね」


やっぱり。


「それじゃあどうして...私の事、騙してたんですか…?」


「ごめんね」


否定しないんだ。


「どうしてそんな事…私の事遊んでたんですか?」

「まさか、そんな訳ないよ」


「それならどうして、」

「それは。」


私は、湊さんの本当の気持ちが知りたい。


「もう分からないです。どれが本当の湊さんですか?」


「え?」


記憶喪失になった湊さんと一緒に過ごして、初めて知った昔の湊さんの姿があった。


「本当の湊さんは、私を嫌いな湊さん?それとも本当は優しくて他の人には私の事を好きだと言っている湊さん?それとも、記憶喪失のふりをして、私と一緒にいた湊さん?」


「全部本当の俺だよ」


「え…?」


全部…?


「彩花を嫌いなふりをしてたのも俺だし、みんなに彩花の自慢をしていたのも俺だし、記憶がなくなったふりをしてたのも俺だよ」


「えっ、と」

「ん?」


...色々聞きたいことはあるけど、


「嫌いなふりってどういうことですか、」


湊さんは本気で私のことが嫌いで、


私のことを見る度にため息を吐いて…


私が何処でどうなろうが平気で見捨てそうな…


そんな人なのに。


そんな人なはずなのに、


「本当は彩花のことが好きで仕方なかったんだ」


「…へ、?」


そんなの信じられるわけがない。



じゃあなんで今まで...

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