第29話

「あ、湊!今日から会社来るって聞いたから、会いに来たよ。体調はもう大丈夫なの?」


「大丈夫ですが…えっと、誰ですか、」


「もう、俺の事驚かそうとしてるんでしょ」

「えっと、」


「何?ほんとに覚えてないの?」

「…」


「じゃ、じゃあ、その写真のことも覚えてないわけ?」

「写真…?」


「湊の机に飾ってある写真だよ」

「これは…結婚式の時の…」


「なんだ、ほらやっぱり覚えてるんじゃん。」

「…」


「湊は彩花ちゃんの事が大好きだから仕事中もこれを見て頑張るんだって言ってたよね。この日が1番幸せだって今でもよく俺に話してくれるもんね。俺がもう分かったから聞きたくないって言ってもお構い無しにさ」



「っ、この日のこと...っ、頭が...」



___




「そう言って湊は頭を抱えたんだ。演技なんかじゃなくて本当に辛そうだった。急いで救急車を呼ぼうとしたら湊はなんて言ったと思う?」


救急車は呼ばなくていい。とか?


「なんて言ったんですか?」


「あぁ、全部思い出した。って」


全部思い出した...?


「思い出した…?」


もし陽翔さんの話が事実なら、湊さんの記憶は戻ってる…?


「そうなんだよ。まるで記憶喪失だったかのように。湊は冗談言うタイプじゃないんだけどな…」


冗談なんかじゃない。湊さんは記憶喪失だったのだから。


「そ、んな...湊さんは確かにそう言ったんですか?」


「え?うん」


「どういう事...」


記憶が戻ったのに、記憶喪失のふりを…?


記憶が戻っているなら、どうして私に優しくしたの…?


「その後は何も無かったかのように、いつも通りに俺と話し始めてさ、やっぱり嘘だったの!?って聞いたら、騙されるお前が悪いなんて言ってきてね。あの日の湊は、ほんとにおかしかったんだ」


そう言われてみれば、何度か昔の湊さんに戻ったような気がした時があった。


初めてそう感じた日は、確か…


一緒にホラー映画を見た日だ。


家に帰ってきた湊さんは、どこかちょっと冷たくて、だけどすぐに優しくなったから私の気のせいだって思ってたのに、


「そう、だったんですね。」


その日から湊さんの記憶が戻ってたの?湊さんの考えてることが分からない。


私が、湊さんの記憶が戻った事に気づいたって知ったら、また昔みたいになるのかな。私が気づいたって分かったら、逃げ出したくなるような扱いを受けて、酷い事を言われるのかな。


前とは違う。幸せを知った今は...もう耐えられない


「っ、はぁ、いき、が、」

「彩花ちゃん、どうしたの、大丈夫!?」


苦しい…息が、できない。


「いきっ、が、」


すると、ちょうどそこに湊さんが帰ってきた。


「彩花!?一体何がどうなってる」


「わ、分からない。彩花ちゃんと話してたら急に、」


「彩花、どうした。大丈夫だから。落ち着いて」

「み、なと、さ、もうっ、だめ...」


私はそのまま意識を失った。正直このまま目を覚まさない方がいなんを思ってしまった。



その方が幸せなのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る