第13話




「湊、久しぶりね」


「…どちら様ですか。彩花の知り合い?」



遂にこの日が来てしまった。


玄関のチャイムが鳴ったから出てみると、湊さんのお義母様の姿があった。


どうしよう、お義母様にはこの事は内緒にしてたのに。



「何を、言っているの」

「えっと…この方は彩花のお母さんだったりするのかな?」


「彩花さん?これは一体どういう事かしら。説明してもらえる?」

穏やかな口調。


だけど、


引き攣った笑顔。


その表情の裏で考えていること。

痛いほど伝わってくる。


確かに、自分の大切な息子が記憶喪失になったって言われたら、誰でも気が狂うと思う。


この人は特に、湊さんのことをとっても可愛がっているから、自分の息子がこんな事になったって知ったら…


怖くて言えなかった。


「み、湊さん、」

「ん?」

「この方は湊さんのお母様です」


「俺の…?」

「はい」


すごく驚いた顔してる。確かに顔は似てないけど、私の事を虐めてた所、性格は似たり寄ったりだ。


「どうしてだろう…なぜだか分からないけど、すごく嫌だな…」


そうお義母様に聞こえるか聞こえないぐらいの大きさで呟くから


「…へ?」

つい声に出しちゃった。


聞こえてしまったんだろう。


私以上にお義母様が驚いてる。だって湊さんはお義母様の事が大好きだったから。


「なんか、性格悪そうだし」


性格悪いのは認めるけど、それでも湊さんのお母様なんだからそんな事言ったら、さすがにまずいよ、


「み、湊さん!」

「何、」

「一旦私とお話しましょう」


これ以上失言されたら、私の身が…


「何で?」

「それは…」

察してください、、


「ちょっと彩花さん。その前に私と二人きりで話せるかしら」


「…」

終わった…笑ってるけど目が殺気立ってる。


「ちょっと聞いてるの?」

「…分かりました、」


「それはできない。今の様子じゃ、彩花に何するか分からないからね」


湊さんが私を庇ってくれる日が来るとは。


「湊さん、私なら大丈夫だよ」


言う通りにしないと後が怖い。


「でも…分かった。何かあったら呼んで。すぐ助けに行くから」

そう言って、この場を後にした。


「で、どういう事なのかしら」

「す、すいません。実は...」


今まであったことを包み隠さず正直にお伝えした。


「は、そんな事が。どうしてそれをもっと早く言わなかったのよ!隠しておけば私が気づかないとでも!?可哀想な湊。なんて可哀想なの!?」


「すみませんでした、」


怒鳴られると思って隠していたわけではない。それが怖かったんじゃない。


自分がしたことに責任は取らないといけないと思っていたから。


今の湊さんはその必要はないと言ってくれたけど、いつか、湊さんが元に戻ってしまった時には…


でも、それよりも怖かったのは…


「どう責任をとるつもり?大事な息子を怪我させて!前からあんたなんかに嫁の役割を果たせないって思ってたのよ!仕方なく結婚させたけど、今からでも取り消した方がいいようね!」


こうなると思って言えなかった。


離婚させられると思ったから。


お義母様は何かある度に私と湊さんを引き裂こうとした。


「あなたなんかに湊は似合わないのよ!」

「…すみません。それだけは出来ません」

「何ですって!?私に口答えするの!?」


湊さんが私を愛していなくても、私は、私は…


「私は湊さんの事を愛しています。それをやめることは出来ません。いくら頑張っても出来なかったんです」


これが私の本音だった。


「そんなことどうでもいいわ!自分の事じゃなくてもっと湊のことを考えてくれる?好きか嫌いかじゃなくて、相応しいか相応しくないかよ!」


相応しいか相応しくないか…



「全部聞かせてもらってたよ。そんな大声出さないで、彩花がびっくりしてるでしょ。それに似合う似合わないはあんたが決めることじゃないから」


「湊さん…」


良かった。湊さんが来てくれて。


「怖かったね。もう大丈夫だから」


「ちょっと湊…!こんな女のこと庇うの!?」

「こんな女…?」


低い声。

鋭い視線。


「親に向かってその目は何」


「…親?悪いけど、あんたのこと母親だなんて認めてないから。出てってくれない?」


「は、話にならないみたいだから、今日のところは帰らせてもらうわ」


母親なんかじゃないって言われて相当ショックだったのか、それとも、


「いや、もう二度と来ないで。彩花に近づかないで」


怖くなったのかおとなしく帰っていった。




今度会った時は覚えてなさいね。




私の耳元で、そう言って。

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